昭和史

巨人軍の王貞治選手がホームラン世界記録756号を達成した昭和52年。

この年は、巨人軍の王貞治がホームラン世界記録756号を達成し、初の国民栄誉賞に輝いた。

競馬界では、暮れの有馬記念でテンポイントが前年の覇者トウショウボーイを破り優勝、屈辱をはたす。

戦後、アメリカに接収された東京・立川基地が返還、跡地の一部はのちに昭和記念公園となり都民の憩いの場に。

また、ロックンロールの帝王、エルヴィス・プレスリーが42歳で死去。

世代交代するかのように、アメリカのビジュアル系ロックバンド、KISSが初来日しコンサート動員10万人を記録。

映画では、シルベスター・スタローン主演の「ロッキー」が大ヒット。

邦画では、高倉健主演の「八甲田山」や「幸福の黄色いハンカチ」が人気を呼び、松田優作主演「人間の証明」、荻原健一主演「八つ墓村」が話題となる。

アニメ映画では「宇宙戦艦ヤマト」が初上映。

テレビでは、NET(日本教育テレビ)がテレビ朝日と改称し、同局で2時間ドラマの先駆けとなる「土曜ワイド劇場」が始まる。

また、超大型バラエティクイズ番組の「アメリカ横断ウルトラクイズ」(日本テレビ系)がスタートし、NHK朝の連続ドラマ「風見鶏」が人気を博した。

アニメでは「ヤッターマン」(フジテレビ系)が人気番組に。

歌謡界では、ピンク・レディーが「渚のシンドバッド」、「ウォンテッド」、「UFO」と立て続けにミリオンセラーを出しピンク旋風を巻き起こす。

また、キャンディーズが引退を宣言。

この年のヒット曲は、レコード大賞を受賞した沢田研二「勝手にしやがれ」をはじめ、森田公一とトップギャラン「青春時代」、小林旭「昔の名前で出ています」、さだまさし「雨やどり」、清水健太郎「失恋レストラン」、ハイ・ファイ・セット「フィーリング」、中島みゆき「わかれうた」などである。

デビューしたアーティストは、松山千春、長渕剛、原田真二、世良公則、アイドルでは榊原郁恵。

洋楽では、アバの「ダンシング・クィーン」が大ヒット。

カラオケがスナックや飲食店などに普及しだしたカラオケ元年の年でもあった。

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「もはや戦後ではない」神武景気にわき、三種の神器といわれた冷蔵庫、洗濯機、テレビが量産化された昭和31年は…。

「もはや戦後ではない」。
この年の経済白書ではこのように謳われ戦後の復興に終わりを告げた。

神武景気にわき、三種の神器といわれた冷蔵庫、洗濯機、テレビが量産化されていく。

前年、芥川賞を獲った石原慎太郎の小説「太陽の季節」が映画化され、主人公らをまねた若者たちを太陽族と呼んだ。

同映画で石原裕次郎がデビューし、2作目の「狂った果実」で主演。

石坂洋次郎原作の「乳母車」で芦川いづみと共演し好青年役を演じ、一躍銀幕の大スターに。

洋画では、ジェームズ・ディーンとエリザベス・テイラーが共演した「ジャイアンツ」や「戦争と平和」などが公開された。

テレビ番組では、NHKの人形劇「チロリン村とくるみの木」やアメリカのテレビドラマ「スーパーマン」が放映され人気を博す。

ラジオ番組では「赤銅鈴之助」や「少年探偵団」が子供たちの間で人気ドラマとなる。

音楽界では、ビル・ヘイリー「ロック・アラウンド・ザ・ロック」やエルビス・プレスリー「ハート・ブレイク・ホテル」の大ヒットから日本にもロックン・ロール、ロカビリーの波が押しよせる。

小坂一也が「ハート・ブレイク・ホテル」をカバーし人気歌手に。

この年は、大津美子「ここに幸あり」、鈴木三重子「愛ちゃんはお嫁に」、曽根史郎「若いお巡りさん」、三橋美智也「リンゴ村から」、島倉千代子「東京の人よさようなら」、山田真二「哀愁の街に霧が降る」、洋楽では、ハリー・ベラフォンテ「バナナ・ボード」や映画音楽「エデンの東」などがヒットした。

戦後11年が経ち、日本が国際連合に加盟、日ソ国交回復をはたした年でもある。

一方で、米軍立川基地の拡張計画に反対する運動が前年から噴出し、砂川闘争がぼっ発した。
立川基地は昭和52年に全面返還されその後、昭和記念公園となる。

出版社系では初の週刊誌「週刊新潮」が創刊され、週刊誌の時代を迎えた。

米原~京都間の電化工事完成で東海道本線が全線電化となり、大阪ではミナミのシンボルタワー、2代目通天閣が完成した。

また、大阪市をはじめ名古屋市、横浜市、京都市、神戸市が初の政令指定都市に。

一億総白痴化といわれた時代、日本は近代化へと突き進んでいった。

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街頭テレビに群がった昭和32年…。

テレビはまだ庶民には手が届かず、街頭テレビに民衆が群がりプロレスの力道山に声援を送っていたこの時代。

ソ連(現・ロシア)では、世界初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功。
米国との間で本格的な宇宙開発競争が始まった。

日本では、南極に昭和基地が完成。

そして、首都・東京の水源となる人造湖、奥多摩湖が貯水を開始した。

また、新宿と箱根を結ぶ小田急に新型高速特急ロマンスカーが登場し、上野動物園内には日本初のモノレールが開業。

話題としては、東京・有楽町のそごうデパートオープンにあわせ、フランク永井が歌ったキャンペーンソング「有楽町で逢いましょう」が大ヒットした。

ちなみに現在は、そごうは閉店したが歌詞にある「雨もいとしや唄ってる」のフレーズを採った「イトシア」が有楽町の地にオープンしている。

またこの年、スーパーマーケットの先がけとなるダイエー1号店が大阪に開店。

流通時代の幕開けで、映画「三丁目の夕日」にも登場したダイハツの三輪車「ミゼット」が発売、商用車として大ヒットする。

映画では、フェリーニ監督の出世作イタリア映画「道」が公開、日本でも話題となる。

邦画では、佐田啓二、高峰秀子共演による灯台守のドラマ「喜びも悲しみも幾歳月」が上映され、若山彰が歌った主題歌も大ヒット。

そして、「嵐を呼ぶ男」や「俺は待ってるぜ」などの石原裕次郎主演映画が大フィーバーとなる。

この年、日本の映画会社5社が裕次郎人気で火がついた日活を受け入れ6社協定を締結。

この協定は、所属俳優は他の会社の映画やテレビ出演ができないという縛りがあった。

しかし、テレビの普及とともに映画は昭和33年をピークに衰退、昭和40年代に入りこの協定は自然消滅した。

映画俳優が使えないテレビ界では、アメリカのドラマを数多く仕入れ放送していた。

代表的なものに「アイ・ラブ・ルーシー」、「名犬ラッシー」などのヒット番組がある。

ヒット曲としては前述のほかに、ペギー葉山「ケ・セラ・セラ」、小坂一也「青春サイクリング」、浜村美智子「バナナ・ボード」、コロムビア・ローズ「東京のバスガール」、石原裕次郎「俺は待ってるぜ」、「錆びたナイフ」、島倉千代子「東京だよおっ母さん」、美空ひばり「港町十三番地」、三波春夫「チャンチキおけさ」、「船方さんよ」などがある。

洋楽では、パットブーン「砂に書いたラブレター」、エヴァリー・ブラザース「起きろよスージー」、プラターズ「オンリー・ユー」など。

その他の話題としては、前年の冬季オリンピックアルペンスキー3冠のトニー・ザイラーが来日。

また、中性的な男性をシスターボーイと呼び、丸山明宏(現・美輪)がその象徴となる。

100円硬貨が誕生し、ストレスという言葉が生まれた年。
日本の人口は9000万人を超え、大卒初任給は1万円の時代であった。

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映画「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズ1作目の時代設定であった昭和33年のヒット曲と出来事。

この年の2月に東京・日劇で第1回ウエスタンカーニバルが開催された。

平尾昌晃、ミッキー・カーチス、山下敬二郎の3人をはじめとする歌手に熱狂的ファンが続出、ロカビリーが大ブームとなる。

9月には、エルヴィスを凌ぐ人気ともいわれたポール・アンカが初来日。

野球界では、巨人の長嶋茂雄が国鉄(当時)のエース、金田正一に4打席4三振をくらう屈辱のデビュー戦で初登場。

鉄道では、寝台特急「ブルートレイン」や東海道線の特急「こだま」が運行開始。
「こだま」は、6年後の新幹線開通まで東京~大阪間を6時間50分で結ぶビジネス特急として活躍した。

また、戦後アメリカに接収されていた羽田空港や大阪空港が全面返還され、航路、鉄道のインフラ整備がこの時代から急速に進んでいく。

そして、大衆軽自動車も発売され車社会の到来を予感させ。

話題やヒット商品としては、腰を回して遊ぶフラフープが流行り、野球盤ゲームが発売。

さらに、この年に初めてアサヒビールから缶ビールが発売され、日清からチキンラーメンが発売された。
即席、インスタント食品時代の幕開けである。

売春防止法の施行や国民健康保険法が公布されたのもこの年であった。

テレビ番組では、音楽バラエティー番組の草分けで草笛光子主演の「光子の窓」(日本テレビ系)や玉置宏司会による歌謡番組「ロッテ歌のアルバム」(TBS系)がスタートする。

そして、フランキー堺主演の反戦ドラマ「私は貝になりたい」(TBS系)、ホームドラマ「バス通り裏」(NHK)などが話題となる。

子供向けでは、大瀬康一主演の「月光仮面」(TBS系)が人気番組となった。

映画界では「陽のあたる坂道」や「風速40米」などに出演した日活の石原裕次郎が大人気に。

また、森繁久弥主演の東宝・喜劇映画、駅前シリーズ第一作の「駅前旅館」が封切された。

単行本では、五味川純平「人間の條件」や井上靖「氷壁」などがベストセラーに。

ヒット曲としては、前述のロカビリー3人男がカバーした「ダイアナ」や小坂一也の「監獄ロック」をはじめ、平尾昌章(現昌晃)「星は何でも知っている」、石原裕次郎「嵐を呼ぶ男」、フランク永井「有楽町で逢いましょう」、若原一郎「おーい中村君」、島倉千代子「からたち日記」などが挙げられる。

昭和33年は、狩野川台風による災害や南海丸沈没、全日空飛行機墜落など悲惨な事故も相次いだが、1万円札の発行(初代は聖徳太子)や東京タワーの完成など、高度経済成長に向かって明るい希望に満ちた時代でもあった。

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東京五輪を目前に控えた昭和38年はこんな年であった。

東京オリンピックを翌年に控え、オリンピック特需で沸いたこの年の11月、アメリカ大統領ケネディ暗殺のショッキングな映像が流れた。
通信衛星による日米テレビ同時中継の実験中に起きた大事件であった。

歌謡界では、舟木一夫が「高校三年生」で、三田明が「美しい十代」で新星のごとくデビューし、青春歌謡と呼ばれるようになる。

日本レコード大賞には、梓みちよの「こんにちは赤ちゃん」が選ばれ、同曲を生んだ音楽バラエティ番組「夢であいましょう」(NHK)やザ・ピーナッツ主演「シャボン玉ホリデー」が人気を得た。

また、それらの番組では中村八大、永六輔、青島幸男、宮川泰など新鋭の作家、作曲家が番組構成や音楽担当として活躍していた。

この年のヒット曲は前出のほか、坂本九「見上げてごらん夜の星を」、ザ・ピーナッツ「恋のバカンス」、舟木一夫「修学旅行」、「学園広場」、三波春夫「東京五輪音頭」、春日八郎「長崎の女」などが挙げられる。

海外では、イギリスのロックバンド、ローリングストーンズがデビューした。

テレビ界では、手塚治虫作で日本初の長編アニメ番組「鉄腕アトム」(フジテレビ系)が放送開始、その後「鉄人28号」「エイトマン」「狼少年ケン」と次々にアニメ番組が登場し、子供たちはテレビの前に釘づけとなる。

また、素人が作った歌を発表する番組「あなたのメロディー」(NHK)が始まり、のちにこの番組から「空よ」、「与作」などの名曲が誕生する。

洋画では、「アラビアのロレンス」、「大脱走」、「北京の55日」や、007シリーズ第1作「007/ドクター・ノオ」(007は殺しの番号)、ヒッチコック監督の「鳥」、ヘレン・ケラー作「奇跡の人」など、邦画では、黒沢明監督の「天国と地獄」、日活の「光る海」、「赤いハンカチ」などが公開された。

ギャグでは、ウクレレ漫談の牧伸二が唄った「あーあーやんなっちゃった。あーあー驚いた」がバカウケ。

また、子供たちの好きなものを3つ並べた「巨人・大鵬・卵焼き」が流行語になった。

雑誌「女性自身」が公募し、働く女性の呼称「OL」が生まれたのもこの年。

一方で、金の卵ともてはやされ、農村から都会へ集団就職に上京した若者がピークを迎えた時代でもある。

そして、日本初の自動車レース「日本グランプリ」が鈴鹿サーキットで開催され、同じく日本初の高速道路「名神高速道路」が尼崎~栗東間で開通し、車社会の到来を告げ、バカンスという言葉が生まれレジャーブームの幕開けを迎えた時代でもあった。


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牛肉、オレンジ輸入自由化交渉が決着した昭和63年は、バブル時代の真っ只中にいた。

日本はバブルの真っ只中!

この年の9月、お隣の韓国ではソウル五輪を開催。
男子背泳ぎでバサロキックのエース、鈴木大地がみごと金メダルを獲り、女子100mでは米国のフローレンス・ジョイナーが驚異的な世界記録で金を獲得。

ほかに明るいニュースとしては、本州の岡山県と四国の香川県を結ぶ瀬戸大橋が開通。

一方で、北海道と青森を結ぶ青函トンネル開通にともない長年、利用された青函連絡船の運航が廃止された。

暗いニュースでは、海上自衛隊の潜水艦「なだしお」と釣り船「第一富士丸」が衝突、釣り客や乗員30名の命が奪われた。

海外では、アメリカ海軍によるイラン航空撃墜事件や、リビア人によるパンアメリカン航空爆破事件など悲惨な出来事が相次いだ。

また、日米貿易摩擦の懸案事項のひとつ、牛肉・オレンジ輸入自由化交渉が決着し、平成3年から自由化が始まる。

政界では、リクルート事件が発覚、大きな疑惑、波紋を呼んだ。

一方、竹下政権のもと地域振興支援を目的に、ふるさと創生1億円が全国の市町村にばらまかれた。
多くの自治体は用途に困り、無用の長物となる箱モノを競って作った。

そして、全国各地で地方博を開いたのもこの年からである。

女性誌「Hanako」(マガジンハウス)が創刊され、ハナコ族というOL達の消費行動を生む。

さらに、ディスコブームを反映して若い女性の間で、ワンレン・ボディコンファッションが流行る。
これらはまさにバブル期の象徴といえるだろう。

後楽園には日本初のドーム球場、東京ドームが完成。

球界では、南海ホークスがダイエーに、阪急ブレームスがオリックスに売却された。

映画では、敦煌(とんこう)、ラストエンペラー、となりのトトロなどが公開され、テレビアニメでは、やなせたかし作の「それいけ!アンパンマン」(日本テレビ系)が放送開始。

ファミコンが普及し、ドラゴンクエストⅢ、スーパーマリオブラザーズ3、ファイナルファンタジーⅡなどのゲームソフトが爆発的に売れた。

音楽界に目を向けると、日本レコード大賞には、光GENJI「パラダイス銀河」が選ばれる。
彼らは同曲のほか「ガラスの十代」「Diamondハリケーン」「剣の舞」とこの年の年間上位となるヒット曲を連発し、人気アイドルグループに。

その他のヒット曲としては、長渕剛「乾杯」、氷室京介「ANGEL」、中山美穂「人魚姫」、久保田利伸「You were Mine」、吉幾三「酒よ」、坂本冬美「祝い酒」などが挙げられる。

アイドルでは、南野陽子、浅香唯、Wink、荻野目洋子、少年隊などが売れた。

アルバムでは、ユーミンや山下達郎に人気が集中。

B'zがデビューした年でもあった。

流行語としては、「5時から男」、「しょうゆ顔」や高級車シーマが売れたことから「シーマ現象」などが流行った。

そして、全民放同時中継による「ゆく年くる年」はこの年末をもって終了する。

翌年、昭和から平成へと時代は変わり、消費税3%が施行された。

2012年も残りわずかの今日、これからはどのような時代を迎えて行くのだろうか?

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NTTが東証1部に上場、1株318万円の高値をつけ、財テクブームのキッカケとなった昭和62年はこんな年…。

この年の2月、NTTが東証に上場。

同年に1株318万円の高値をつけ、個人投資家の増大と財テクブームのキッカケとなる。

4月には、NTTが携帯電話サービスを開始。

翌年以降、IDOなどが新規参入した。

また、国鉄が民営化され、幸福駅で有名だった北海道の広尾線など赤字ローカル線が廃線に。

一方、リゾート法が施行されバブル景気と相まって、全国各地で自治体系のレジャー施設が着工、建設される。

しかし、数年後のバブル崩壊と放漫経営から、多くの施設は各自治体の財政を圧迫し破綻、閉鎖に追い込まれた。

都心部では地価の異常高騰が始まり、マイホームを諦めた庶民は高級車や高価な貴金属などに消費がまわった。

日本の好景気から日米貿易摩擦が起き、アメリカではジャパンバッシングが高まる。

そんなアメリカでは10月にブラックマンデー(月曜日に株価暴落したため)が発生し世界同時株安に。

11月には、北朝鮮工作員による大韓航空機爆破テロ事件が起き、多くの犠牲者をだした。

ヒット商品としては、アサヒスーパードライやコンパクト洗剤の花王アタックなどが爆発的に売れた。

また、スポーツクラブが一般化しエアロビクスがブームとなる。

俵万智の短歌集「サラダ記念日」が若い女性の支持を得て200万部のベストセラーに。
村上春樹の「ノルウェイの森」もベストセラーとなる。

一方、長年親しまれた芸能雑誌「月刊平凡」が廃刊。

そして、大物俳優の鶴田浩二や昭和の大スター、石原裕次郎が亡くなったのもこの年である。

映画では、「トップガン」や「ハチ公物語」、「マルサの女」、「私をスキーに連れてって」などが公開。

テレビ番組では、田原総一朗の「朝まで生テレビ」(テレビ朝日系)や「ゴメンなさい」が流行語となる「ねるとん紅鯨団」(フジテレビ系)が始まった。

音楽では、瀬川瑛子「命くれない」、吉幾三「雪国」、尾形大作「無錫旅情」などの歌謡曲をはじめ、中森明菜「TANGO NOIR」、「難破船」、光GENJI「STAR LIGHT」、松田聖子「Strawberry Time」、少年隊「君だけに」、小泉今日子「木枯らしに抱かれて」、荻野目洋子「湾岸太陽族」、南野陽子「楽園のDoor」などのアイドルが相変わらず売れた。

ほかに、テレサ・テン「別れの予感」、徳永英明「輝きながら・・・」、五木ひろし「追憶」、森川由加里「SHOW ME」、坂本冬美「あばれ太鼓」や大ベテランの美空ひばり「みだれ髪」、石原裕次郎「北の旅人」、島倉千代子「人生いろいろ」などがヒットした。

日本レコード大賞は近藤真彦の「愚か者」が受賞。

アルバムでは、ユーミン、BOOWY、安全地帯、渡辺美里、レベッカなどニューミュージック系が売れた。

海外からは、マドンナやマイケル・ジャクソンが来日し大旋風を巻き起こす。

流行語としては、カウチポテトや花キンなどが生まれた。

バブルへの突入期、音楽のシングル市場ではミリオンセラーが1曲も生まれなかった年であった。

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旧ソ連で、チェルノブイリ原子力発電所が爆発した昭和61年…。

1月に米国スペースシャトル「チャレンジャー」打上げ直後の爆発、4月に旧ソ連チェルノブイリ原子力発電所爆発による放射能汚染と、世界中を震撼させる大事故が立て続けに起きた年であった。

また、フィリピンでは長年、独裁政権を誇示してきたマルコス大統領が民衆の決起運動により失脚。

日本では、伊豆大島の三原山が大噴火し危険回避のため全島民が島から余儀なく避難した。

明るい話題としては、イギリスのチャールズ皇太子、ダイアナ妃が来日し日本中が熱狂した。

熱狂といえば、政府・日銀による低金利政策が地価、不動産の高騰を招き、株や不動産の異常投機が加熱、バブル景気へと向かっていく。

「地上げ屋」なる業者も続出、都心部では虫食いのような空地が目立った。

巷では、マハラジャなどの出現で第2次ディスコブームに若者は熱狂した。

そんなこの年の日本レコード大賞は、中森明菜の「DESIRE-情熱-」で、彼女は2年連続の大賞受賞となる。

ヒット曲としてはほかに、少年隊「仮面舞踏会」、渡辺美里「My Revolution」、小林明子「恋におちて」、荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー」、本田美奈子「1986年のマリリン」、テレサ・テン「時の流れに身をまかせ」、石川さゆり「天城越え」、堀内孝雄「愛しき日々」、チェッカーズ「song for U.S.A」、レベッカ「フレンズ」、小林旭「熱き心に」、河合その子「青いスタスィオン」、新田恵利「冬のオペラグラス」、日野美歌&葵司朗「男と女のラブゲーム」などが挙げられる。

クリスマスソングの定番となる「クリスマス・イブ」を山下達郎がリリースしたのもこの年。

この時期、サザンの活動休止で桑田佳祐はKUWATABANDを結成。「BAN BAN BAN」などのヒット曲を放つ。

また、甲斐バンドが解散、甲斐よしひろがソロとして活動する。

アルバムでは、浜田省吾やユーミン、安全地帯が活躍、洋楽では、ホイットニー・ヒューストンが売れた。

この年デビューしたのは、今井美樹、久保田利伸、徳永英明などである。

映画では「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「子猫物語」が大ヒット。

テレビドラマでは、トレンディドラマの先駆け「男女7人夏物語」が話題となり、ドラマの主題歌「CHA-CHA-CHA」を石井明美が歌い大ヒットした。

また、深夜の放送で、わたせせいぞう作のアニメ「ハートカクテル」が若者の間で隠れたブームに。

トレンドとしては、レンズ付きフィルム「写ルンです」が発売され、大ヒット商品となる。

テレビCMから、「亭主元気で留守がいい」が流行語となり、「朝シャン」が若い女性の間でブームとなった。

そして、明石家さんま司会で桑田やユーミンをはじめ多くのアーティストが一堂に会した伝説の音楽番組「メリー・クリスマス・ショー」(日本テレビ系)がテレビ放映された年であった。

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2本足で走るユーモラスなエリマキトカゲがテレビCMに登場し、話題を集めた昭和59年は…。

かい人21面相を名乗る犯人が、食品メーカーを脅迫したグリコ・森永事件に世の中は騒然とした。
事件は未解決のまま時効となり、未だ犯人は不明のまま。

アメリカではロス五輪が開催され、カール・ルイスが陸上で大活躍。
柔道無差別級で山下泰裕がケガを克服し金メダルを獲得した。

映画界では、宮崎駿の「風の谷のナウシカ」や伊丹十三の「お葬式」が公開され、それぞれ映画監督として名を馳せる。

洋画では「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」が公開された。

1950~60年代にウェスタンカーニバルを公演した日本のポップスの殿堂、日劇の跡地に有楽町マリオンが完成したのもこの年である。

音楽界では、五木ひろし「長良川艶歌」が日本レコード大賞を受賞。

アイドル・歌謡曲系では、わらべ「もしも明日が・・・」、中森明菜「北ウイング」、チェッカーズ「涙のリクエスト」、松田聖子「Rock'n Rouge」、薬師丸ひろ子「メイン・テーマ」、吉川晃司「モニカ」、テレサ・テン「つぐない」などが大ヒット。

ニューミュージック系では、ALFEE「星空のディスタンス」、杏里「悲しみがとまらない」、オフコース「君が、嘘を、ついた」、小林麻美「雨音はショパンの調べ」などが流行る。

アルバムでは、相変わらずサザンやユーミンをはじめ、大滝詠一、竹内まりや、山下達郎、オフコースなどのアーティストが売れ、洋楽では、マドンナやマイケル・ジャクソン、カルチャー・クラブなどの曲が売れた。

テレビ番組では、山下真司主演の熱血青春学園ドラマ「スクール・ウォーズ」(TBS系)が高視聴率を獲り、田村正和、大原麗子共演のドラマ「くれない族の反乱」(TBS系)が話題を呼んだ。
同番組の主題歌は、竹内まりや「もう一度」。

また、テレビCMの影響で、エリマキトカゲが人気者になり珍獣コアラがブームにもなった。
さらに、禁煙パイポのテレビCMから「私はコレで会社を辞めました」というキャッチコピーが流行に。

競馬では、シンボリルドルフは3冠馬で人気を集め、一万円札が聖徳太子から福沢諭吉になった年でもあった。

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最高視聴率60%を超えた国民的テレビドラマ「おしん」が放送された昭和58年…。

4月、千葉県浦安市に「東京ディズニーランド」がオープン。

7月には「ファミコン」が任天堂から発売され、家庭用テレビゲーム時代の幕開けとなる。

また、戸塚ヨットスクール事件や、伊豆・三宅島で大噴火が起きた年でもある。

海外では、旧ソ連領空侵犯により大韓航空機がソ連戦闘機に撃墜され269人が死亡。

音楽業界では、アメリカの人気デュオ、カーペンターズの妹カレン・カーペンターが拒食症による心臓発作のため32歳の若さで急死。

いずれも世界中に衝撃を与えた。

日本では、NHK朝の連続テレビ小説「おしん」が最高視聴率60%を超え国民的番組となる。
子役の小林綾子のけな気な演技が特に人気を得た。

また、団塊世代の夫婦像を描いた鎌田敏夫脚本のドラマ「金曜日の妻たちへ」(TBS系)が、不倫をテーマにした内容で大反響を呼ぶ。

映画では、高倉健主演の「南極物語」(東宝系)が大ヒット。
樺太犬のタロとジロに人気が集まる。

洋画では「フラッシュダンス」が大ヒット。

劇団四季のロングランミュージカル「キャッツ」が始まったのもこの年である。

日本の音楽業界は、アイドル系から演歌、歌謡曲、ニューミュージック系、テクノ系と様々なジャンルが混在した。

演歌系では、細川たかし「矢切の渡し」がこの年の日本レコード大賞を獲得。

ほかに、森昌子「越冬つばめ」、大川栄策「さざんかの宿」、鳥羽一郎「兄弟船」、五木ひろし&木の実ナナ「居酒屋」などがヒット。

アイドル、歌謡曲系では、わらべ「めだかの兄弟」、薬師丸ひろ子「探偵物語」、松田聖子「SWEET MEMORIES」、中森明菜「セカンド・ラブ」、原田知世「時をかける少女」、高田みづえ「そんなヒロシに騙されて」(桑田佳祐作詞、作曲)、柏原芳恵「春なのに」(中島みゆき作詞、作曲)などがヒット。

ニューミュージック系では、YMOをはじめ、サザンオールスターズ、山下達郎、ユーミン、中島みゆきなどのアルバムが売れ、シングルでは、杏里「CAT'S EYE」、村下孝蔵「初恋」、H2O「想い出がいっぱい」、葛城ユキ「ボヘミアン」、安全地帯「ワインレッドの心」、ALFFE「メリーアン」、稲垣潤一「ドラマティック・レイン」、杉山清貴&オメガトライブ「サマー・サスピション」、EPO「う、ふ、ふ、ふ」などがヒットした。

この年デビューしたのは、チェッカーズ「ギザギザハートの子守唄」、尾崎豊「15の夜」である。

トピックとしては、家庭用ミネラルウォーターが発売され、水はタダのモノから、水は買うモノの意識が生まれ始めた。
ちなみに、ネット配信の現代、音楽はタダではなく買って聴くモノです。

「軽薄短小」と言う流行語が生まれた年でもあります。

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