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昭和の青春スター・浜田光夫

日活で、吉永小百合と数多くの映画に共演し、青春スターとして名を馳せた浜田光夫。
そんな彼も、今の若い人たちには知らない存在になってしまったのかもしれない。
浜田は、産まれて間もなく父が亡くなり、母の手ひとつで育てられる。
小学6年生の臨海学校。行った先で高熱にかかり、途中で家に連れ戻された。ほどなく回復すると、夏休みの退屈を察してか母が、児童劇「ピーターパン」に連れていってくれる。
そこで観た演劇に感動した浜田少年は、思わず「僕もこんな芝居をしてみたい」と母にせがむ。
芝居が終わると躊躇なく母は楽屋へ。これが縁で東童に入団。
間もなく、若杉光夫監督「石合戦」に子役出演。
光夫の芸名は、若杉監督からもらったもの。学業に専念するため、映画出演は、このあとしばらくお休み。
数年後、高校生になった浜田に、若杉監督から再び声がかかりオーディションを受ける。
受かった映画は、吉永小百合との初共演となる「ガラスの中の少女」。
これを機に浜田は、小百合との共演映画を重ねていく。
「草を刈る娘」、「上を向いて歩こう」、「キューポラのある街」、「赤い蕾と白い花」、「青い山脈」、「いつでも夢を」、「泥だらけの純情」、「光る海」、「愛と死をみつめて」…なんと44もの作品で小百合と共演した。
ある年は、年間10本の撮影に小百合と共演し、会わない日は3日もなかったとか。
浜田は、10年ほど在籍した日活を離れたあとの出演映画も含めると、過去88作品におよぶ。
また、三条江梨子とのデュエット曲「草笛を吹こうよ」など歌手としても並行して活躍した。
最近でも、愛川ゆかりとのデュエット「二人のポートタウン」をリリース。
さて、日活に入ると、石原裕次郎には弟のように可愛いがられ、お酒もすぐに覚えた。
2年前には長年続いた酒豪から、膵炎にかかり入院。これを境にお酒とは縁を切ったらしい。
青春スターとして全盛期の昭和41年には、ある事件に巻き込まれ、右目の大手術を。なんと、8か月もの入院生活を余儀なくされた。皮肉にもちょうどその頃、映画が斜陽化し、テレビの時代を世の中は迎えていた。
浜田も、テレビドラマに活路を見いだしていく…。
浜田光夫は、今年7月に自著「青春 浜田光夫」を出版した。
日活時代の様々なエピソードはもとより、彼の生きざま、生き方が手にとるように描かれている。
そして、巻末に「人生劇場死ぬまで主役」と、同世代を生きているファンやシニアの人たちに熱い応援メッセージを送っている。
何よりも、日活黄金時代を支えた、あの青春スター、浜田光夫は、驕ることなく、いつまでも爽やかで、謙虚な人だと感じた。
そう、読んでみて、一服の清涼剤をもらったような気がする。
浜田光夫を知らない人にも薦めたい一冊。

敬称略

川原和博

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