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2012年10月

円谷がんばれ!

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一人の道」は1972年にピンクピクルス名義で発売され、1964年東京オリンピックの男子マラソンで見事銅メダルに輝いた円谷幸吉の遺書を参考に作られた曲。

作詞は今江真三郎、作曲は茶木みやこ

過度の期待や重圧に苦しむトップ・アスリートの悲劇をシンプルな淡々としたメロディで歌い上げる茶木のヴォーカルは、聴く者により一層の悲しみを増幅させる。

誰のために走るのか・・・そうした疑問を抱えつつ、結局最後に行き着いた答えは・・・「~もう走れません」。

今回は10月に発売されたアルバム「Two Doors Away」より、石川鷹彦アレンジの茶木みやこセルフ・カバー・バージョンで。

敬称略
鈴木正彦

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~たちまち羊は丸裸!♪

ペギー葉山が歌う「調子をそろえてクリック・クリック・クリック」は1962年、NHK「みんなのうた」で放送されて一躍有名になった曲。

オーストラリア民謡「Click,Go To The Shears!」に音羽たかしが子供向けの歌詞をつけたとされていますが、原曲は「大きな古時計」を作ったヘンリー・クレイ・ワークの作品だとか。

そういえば、3回メロディを繰り返すところとかが、確かに共通点が感じられます。

羊の毛を刈るイベントやショーなんかでは、ピッタリのBGMとして良く使われているようです。

ハサミのクリック音というと、ジョニー・デップ主演の映画「シザー・ハンズ」を彷彿させますよね。

敬称略
鈴木正彦

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NTTが東証1部に上場、1株318万円の高値をつけ、財テクブームのキッカケとなった昭和62年はこんな年…。

この年の2月、NTTが東証に上場。

同年に1株318万円の高値をつけ、個人投資家の増大と財テクブームのキッカケとなる。

4月には、NTTが携帯電話サービスを開始。

翌年以降、IDOなどが新規参入した。

また、国鉄が民営化され、幸福駅で有名だった北海道の広尾線など赤字ローカル線が廃線に。

一方、リゾート法が施行されバブル景気と相まって、全国各地で自治体系のレジャー施設が着工、建設される。

しかし、数年後のバブル崩壊と放漫経営から、多くの施設は各自治体の財政を圧迫し破綻、閉鎖に追い込まれた。

都心部では地価の異常高騰が始まり、マイホームを諦めた庶民は高級車や高価な貴金属などに消費がまわった。

日本の好景気から日米貿易摩擦が起き、アメリカではジャパンバッシングが高まる。

そんなアメリカでは10月にブラックマンデー(月曜日に株価暴落したため)が発生し世界同時株安に。

11月には、北朝鮮工作員による大韓航空機爆破テロ事件が起き、多くの犠牲者をだした。

ヒット商品としては、アサヒスーパードライやコンパクト洗剤の花王アタックなどが爆発的に売れた。

また、スポーツクラブが一般化しエアロビクスがブームとなる。

俵万智の短歌集「サラダ記念日」が若い女性の支持を得て200万部のベストセラーに。
村上春樹の「ノルウェイの森」もベストセラーとなる。

一方、長年親しまれた芸能雑誌「月刊平凡」が廃刊。

そして、大物俳優の鶴田浩二や昭和の大スター、石原裕次郎が亡くなったのもこの年である。

映画では、「トップガン」や「ハチ公物語」、「マルサの女」、「私をスキーに連れてって」などが公開。

テレビ番組では、田原総一朗の「朝まで生テレビ」(テレビ朝日系)や「ゴメンなさい」が流行語となる「ねるとん紅鯨団」(フジテレビ系)が始まった。

音楽では、瀬川瑛子「命くれない」、吉幾三「雪国」、尾形大作「無錫旅情」などの歌謡曲をはじめ、中森明菜「TANGO NOIR」、「難破船」、光GENJI「STAR LIGHT」、松田聖子「Strawberry Time」、少年隊「君だけに」、小泉今日子「木枯らしに抱かれて」、荻野目洋子「湾岸太陽族」、南野陽子「楽園のDoor」などのアイドルが相変わらず売れた。

ほかに、テレサ・テン「別れの予感」、徳永英明「輝きながら・・・」、五木ひろし「追憶」、森川由加里「SHOW ME」、坂本冬美「あばれ太鼓」や大ベテランの美空ひばり「みだれ髪」、石原裕次郎「北の旅人」、島倉千代子「人生いろいろ」などがヒットした。

日本レコード大賞は近藤真彦の「愚か者」が受賞。

アルバムでは、ユーミン、BOOWY、安全地帯、渡辺美里、レベッカなどニューミュージック系が売れた。

海外からは、マドンナやマイケル・ジャクソンが来日し大旋風を巻き起こす。

流行語としては、カウチポテトや花キンなどが生まれた。

バブルへの突入期、音楽のシングル市場ではミリオンセラーが1曲も生まれなかった年であった。

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「踊ろよベイビー」のオリジナルがこれ!

Do You Wanna Danceは1958年にソロデビューしたBobby Freeman(ボビー・フリーマン)のシングルがオリジナル。

邦題は「踊ろよベイビー」。

とにかく様々なアーティストやアレンジでカバーされている、大スタンダード・ナンバー。

最も有名どころでいえば、先日来日したステージでも演奏していたビーチ・ボーイズ

その他、パンク・バンドのラモーンズあり、バラードに仕上げたベット・ミドラーあり、レゲエっぽいウラノリのリズムが斬新なジョン・レノンありと、枚挙にいとまがありません。

とにかく明るくてシンプルで誰でも覚えて歌いたくなるメロディは、万人にうける要素がたっぷりつまっているんですね。

いい曲というのはどんなアレンジを施しても輝きを失わないとよく言われますが、まさにこの曲はその代表格ですね。

敬称略
鈴木正彦

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旧ソ連で、チェルノブイリ原子力発電所が爆発した昭和61年…。

1月に米国スペースシャトル「チャレンジャー」打上げ直後の爆発、4月に旧ソ連チェルノブイリ原子力発電所爆発による放射能汚染と、世界中を震撼させる大事故が立て続けに起きた年であった。

また、フィリピンでは長年、独裁政権を誇示してきたマルコス大統領が民衆の決起運動により失脚。

日本では、伊豆大島の三原山が大噴火し危険回避のため全島民が島から余儀なく避難した。

明るい話題としては、イギリスのチャールズ皇太子、ダイアナ妃が来日し日本中が熱狂した。

熱狂といえば、政府・日銀による低金利政策が地価、不動産の高騰を招き、株や不動産の異常投機が加熱、バブル景気へと向かっていく。

「地上げ屋」なる業者も続出、都心部では虫食いのような空地が目立った。

巷では、マハラジャなどの出現で第2次ディスコブームに若者は熱狂した。

そんなこの年の日本レコード大賞は、中森明菜の「DESIRE-情熱-」で、彼女は2年連続の大賞受賞となる。

ヒット曲としてはほかに、少年隊「仮面舞踏会」、渡辺美里「My Revolution」、小林明子「恋におちて」、荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー」、本田美奈子「1986年のマリリン」、テレサ・テン「時の流れに身をまかせ」、石川さゆり「天城越え」、堀内孝雄「愛しき日々」、チェッカーズ「song for U.S.A」、レベッカ「フレンズ」、小林旭「熱き心に」、河合その子「青いスタスィオン」、新田恵利「冬のオペラグラス」、日野美歌&葵司朗「男と女のラブゲーム」などが挙げられる。

クリスマスソングの定番となる「クリスマス・イブ」を山下達郎がリリースしたのもこの年。

この時期、サザンの活動休止で桑田佳祐はKUWATABANDを結成。「BAN BAN BAN」などのヒット曲を放つ。

また、甲斐バンドが解散、甲斐よしひろがソロとして活動する。

アルバムでは、浜田省吾やユーミン、安全地帯が活躍、洋楽では、ホイットニー・ヒューストンが売れた。

この年デビューしたのは、今井美樹、久保田利伸、徳永英明などである。

映画では「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「子猫物語」が大ヒット。

テレビドラマでは、トレンディドラマの先駆け「男女7人夏物語」が話題となり、ドラマの主題歌「CHA-CHA-CHA」を石井明美が歌い大ヒットした。

また、深夜の放送で、わたせせいぞう作のアニメ「ハートカクテル」が若者の間で隠れたブームに。

トレンドとしては、レンズ付きフィルム「写ルンです」が発売され、大ヒット商品となる。

テレビCMから、「亭主元気で留守がいい」が流行語となり、「朝シャン」が若い女性の間でブームとなった。

そして、明石家さんま司会で桑田やユーミンをはじめ多くのアーティストが一堂に会した伝説の音楽番組「メリー・クリスマス・ショー」(日本テレビ系)がテレビ放映された年であった。

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これがムッシュ音楽の真髄だ!

ムッシュかまやつ最大のヒット曲「我が良き友よ」のB面だった「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」。

今聞いても1975年の作品とは思えないイカした曲。

オリジナルのシングルバージョンのサウンドはどこか日本人離れしたリズム隊とブラス・セクションだなあと思って調べてみたら、なんとなんとアメリカのファンク・グループ「タワー・オブ・パワー」(T.O.P)じゃありませんか!

しかしそのサウンドにのっかるムッシュのゆるいラップチックなヴォーカルと、シュールな歌詞がまたひけをとらずにかっこいいのです。

まさにフォークとロックとファンクが見事に融合した出色の出来。

事の発端は、ムッシュが某招聘元の知り合いに当時来日しているT.O.Pとやりたいと相談したら、あっさりOKになったとか。

しかしその時はまだ曲がなく、無性に好きだった「ゴロワーズ」というタイトルとコード譜のみを渡して、メロと歌詞はその後に作りレコーディングを行ったそうです。

そしてそんな短時間で出来上がったとは思えないこの曲は、その後の日本のミュージッシャンや音楽界に大きな影響を与えています。

敬称略
鈴木正彦

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2本足で走るユーモラスなエリマキトカゲがテレビCMに登場し、話題を集めた昭和59年は…。

かい人21面相を名乗る犯人が、食品メーカーを脅迫したグリコ・森永事件に世の中は騒然とした。
事件は未解決のまま時効となり、未だ犯人は不明のまま。

アメリカではロス五輪が開催され、カール・ルイスが陸上で大活躍。
柔道無差別級で山下泰裕がケガを克服し金メダルを獲得した。

映画界では、宮崎駿の「風の谷のナウシカ」や伊丹十三の「お葬式」が公開され、それぞれ映画監督として名を馳せる。

洋画では「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」が公開された。

1950~60年代にウェスタンカーニバルを公演した日本のポップスの殿堂、日劇の跡地に有楽町マリオンが完成したのもこの年である。

音楽界では、五木ひろし「長良川艶歌」が日本レコード大賞を受賞。

アイドル・歌謡曲系では、わらべ「もしも明日が・・・」、中森明菜「北ウイング」、チェッカーズ「涙のリクエスト」、松田聖子「Rock'n Rouge」、薬師丸ひろ子「メイン・テーマ」、吉川晃司「モニカ」、テレサ・テン「つぐない」などが大ヒット。

ニューミュージック系では、ALFEE「星空のディスタンス」、杏里「悲しみがとまらない」、オフコース「君が、嘘を、ついた」、小林麻美「雨音はショパンの調べ」などが流行る。

アルバムでは、相変わらずサザンやユーミンをはじめ、大滝詠一、竹内まりや、山下達郎、オフコースなどのアーティストが売れ、洋楽では、マドンナやマイケル・ジャクソン、カルチャー・クラブなどの曲が売れた。

テレビ番組では、山下真司主演の熱血青春学園ドラマ「スクール・ウォーズ」(TBS系)が高視聴率を獲り、田村正和、大原麗子共演のドラマ「くれない族の反乱」(TBS系)が話題を呼んだ。
同番組の主題歌は、竹内まりや「もう一度」。

また、テレビCMの影響で、エリマキトカゲが人気者になり珍獣コアラがブームにもなった。
さらに、禁煙パイポのテレビCMから「私はコレで会社を辞めました」というキャッチコピーが流行に。

競馬では、シンボリルドルフは3冠馬で人気を集め、一万円札が聖徳太子から福沢諭吉になった年でもあった。

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