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2012年9月

ビートルズ・フレーバー満載!

9/26に22年ぶりのアルバムとなる「マイティ・ローズ」をリリースしたBOX

思えば杉真理&松尾清憲という誰もが認めるビートルズ・フォロワーの2人が中心となって作られたBOXが華々しくデビューしたのは1988年。

その1stアルバムの冒頭を飾るのがこの「Temptation Girl」。

いきなり「タックス・マン」や「ドライブ・マイ・カー」を彷彿させるイントロからビタッと決まったツイン・ボーカル。

そしてキャッチーなサビと、文句の付け所がない曲です。

全日空のCMにも使われていましたから、耳に残っている方も多いと思います。

ビートルズDNAは全世界に広がっていますが、ここまで良質に開花しているバンドはそうそういないでしょう。

そして未だオリジナル・メンバーでバリバリ現役活躍中!

これからのBOXの動きから目が離せませんね(^・^)。

敬称略
鈴木正彦

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昭和25年、美空ひばり13歳の主演映画「東京キッド」

美空ひばり主演の映画「東京キッド」(松竹)を先日みた。昭和25年の作品で、ひばりは当時13歳。
前年の「悲しき口笛」に次ぐ、ひばり主演2作目の映画。
共演には、ひばりの恩師である川田晴久をはじめ、花菱アチャコ、榎本健一、堺駿二と喜劇俳優のそうそうたる面々。
物語は、戦後の混乱と復興期を題材にしたホームコメディーで、ひばりの歌うシーンが随所に散りばめてある。
監督は、喜劇映画監督との呼び声が高い斎藤寅次郎。
終戦からまだ5年目。復興途上のこの時代、映画や歌は、民衆に夢や勇気をおおいに与えたのだろう。
「右のポッケにゃ夢がある 左のポッケにゃチューインガム♪」
映画と同名のこの歌とともに、美空ひばりは復興のシンボリックな存在のスターとなっていった。
「東京キッド」の歌の作詞は藤原洸、作曲は万城目正。
劇中、川田とひばりのハワイでのシーンがあるが、おそらくこれは、映画撮影前に、アメリカ公演で渡米した時のフィルムを使ったのではないか。
公開時、ハワイロケの映像に、館内の観衆は驚きと羨望があったと推測できる。
ところで話はそれるが、この映画に西條鮎子という女優が出演している。アパートの管理人の娘役だ。映画をみて、すっかりファンになってしまったが、彼女は結婚後に引退し、現在は消息不明とのこと。

とおに80歳は超えている。誰か、彼女に関する情報がありましたら、ぜひお知らせください。映画の内容は、ネット上でいろいろ紹介されているので、割愛します。
敬称略

川原和博

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四畳半フォークの代表曲

悲しげなバイオリンの旋律で始まるフォーク・ソング「神田川」。

実はそもそもこの曲はシングル・カットの予定がなかったのです。

当初ラジオで流したところ徐々にリクエストが増えていき、とうとう1973年にシングルとして発売することに。

そしてあれよあれよという間に大ヒット!

メンバーも乗り気ではなかったし、スタッフもよもやここまでヒットするとは思ってなかったようです。

しかしこのヒットによって「かぐや姫」の名前が広く認知され、今やイントロを聞いただけで曲がわかってしまうほど、老若男女に愛されるスタンダードになっています。

作詞の喜多條忠の実体験に基づいた歌詞に、南こうせつが5分でメロディをつけたという、まさに奇跡のコラボレーションが産み出した時代の歌「神田川」。

じっくりお聴きあれ。

敬称略
鈴木正彦

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最高視聴率60%を超えた国民的テレビドラマ「おしん」が放送された昭和58年…。

4月、千葉県浦安市に「東京ディズニーランド」がオープン。

7月には「ファミコン」が任天堂から発売され、家庭用テレビゲーム時代の幕開けとなる。

また、戸塚ヨットスクール事件や、伊豆・三宅島で大噴火が起きた年でもある。

海外では、旧ソ連領空侵犯により大韓航空機がソ連戦闘機に撃墜され269人が死亡。

音楽業界では、アメリカの人気デュオ、カーペンターズの妹カレン・カーペンターが拒食症による心臓発作のため32歳の若さで急死。

いずれも世界中に衝撃を与えた。

日本では、NHK朝の連続テレビ小説「おしん」が最高視聴率60%を超え国民的番組となる。
子役の小林綾子のけな気な演技が特に人気を得た。

また、団塊世代の夫婦像を描いた鎌田敏夫脚本のドラマ「金曜日の妻たちへ」(TBS系)が、不倫をテーマにした内容で大反響を呼ぶ。

映画では、高倉健主演の「南極物語」(東宝系)が大ヒット。
樺太犬のタロとジロに人気が集まる。

洋画では「フラッシュダンス」が大ヒット。

劇団四季のロングランミュージカル「キャッツ」が始まったのもこの年である。

日本の音楽業界は、アイドル系から演歌、歌謡曲、ニューミュージック系、テクノ系と様々なジャンルが混在した。

演歌系では、細川たかし「矢切の渡し」がこの年の日本レコード大賞を獲得。

ほかに、森昌子「越冬つばめ」、大川栄策「さざんかの宿」、鳥羽一郎「兄弟船」、五木ひろし&木の実ナナ「居酒屋」などがヒット。

アイドル、歌謡曲系では、わらべ「めだかの兄弟」、薬師丸ひろ子「探偵物語」、松田聖子「SWEET MEMORIES」、中森明菜「セカンド・ラブ」、原田知世「時をかける少女」、高田みづえ「そんなヒロシに騙されて」(桑田佳祐作詞、作曲)、柏原芳恵「春なのに」(中島みゆき作詞、作曲)などがヒット。

ニューミュージック系では、YMOをはじめ、サザンオールスターズ、山下達郎、ユーミン、中島みゆきなどのアルバムが売れ、シングルでは、杏里「CAT'S EYE」、村下孝蔵「初恋」、H2O「想い出がいっぱい」、葛城ユキ「ボヘミアン」、安全地帯「ワインレッドの心」、ALFFE「メリーアン」、稲垣潤一「ドラマティック・レイン」、杉山清貴&オメガトライブ「サマー・サスピション」、EPO「う、ふ、ふ、ふ」などがヒットした。

この年デビューしたのは、チェッカーズ「ギザギザハートの子守唄」、尾崎豊「15の夜」である。

トピックとしては、家庭用ミネラルウォーターが発売され、水はタダのモノから、水は買うモノの意識が生まれ始めた。
ちなみに、ネット配信の現代、音楽はタダではなく買って聴くモノです。

「軽薄短小」と言う流行語が生まれた年でもあります。

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渋谷系サウンドの火付け曲!

小沢健二小山田圭吾の2人によるFLIPPER'S GUITARの2ndシングル「恋とマシンガン」(1990年)。

まさに渋谷系サウンドが大ブレイクしたきっかけになった曲です。

インテリ、オシャレ、サブカル、若者といったキーワードで語られたこの音楽シーンは、当時の最新の洋楽志向をJ-POP界にもたらして、同じテイストのピチカート・ファイブオリジナル・ラブを含め多くのアーティストが注目されました。

そしてこの曲はいきなりダバダバ・スキャットから入って、スムース・ジャズっぽい雰囲気満々の演奏とアレンジ、そして肩の力を抜いたヴォーカルと、今聞いても古さを感じさせないナウイ曲です。

当時ドラマ「予備校ブギ」の主題歌にも使われていましたが、今でもちょくちょくCMで耳にしますね。

作詞、作曲は2人のユニット「Duoble K.O.Corp」名義になっていますが、オザケンのペンによる曲のようです。

敬称略
鈴木正彦

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3億円強奪事件があった昭和43年は、こんな年だった…。

この年の12月10日、東京・府中で白バイ警官を装った男が、現金輸送中の銀行員を騙し、トランクに入った3億円を積んだ車ごと持ち去った。
大卒初任給が3万円の時代に3億円という大金は、常識を超えた金額で社会に衝撃を与えた。
警察のメンツをかけた懸命な捜査も報われず、結局、事件は迷宮入りとなった。

その他の出来事では、ベトナム戦争に抗議した学生や市民のデモ隊が新宿駅周辺になだれこみ暴徒化、数百人が騒乱罪で検挙される。

北海道では、M7.9の十勝沖地震が発生し52名が死去。

岐阜県白川町では、集中豪雨による土砂崩れに遭遇した観光バス2台が飛騨川に転落、104名が亡くなった。

海外では8月、チェコスロバキアの民主化運動「プラハの春」を弾圧する旧ソ連軍が、同国に侵攻し国際批判をうけた。

10月に行われたメキシコオリンピックでは、チェコスロバキアのチャフラフスカが女子体操競技で4個の金メダルを獲り、世界中から称賛を浴びた。
同オリンピックでは、マラソンで君原健二が銀メダルを、釜本や杉山がいた日本サッカーチームが銅メダルを獲得した。

その他のスポーツでは、沢村忠のキックボクシングや、アメリカから上陸したローラーゲームがテレビ中継され人気を得る。

ボクシングの漫画「あしたのジョー」が「少年マガジン」で連載開始となり、「少年ジャンプ」や「ビックコミック」などの漫画誌が創刊。

映画では、ダスティ・ホフマン主演「卒業」や「2001年宇宙の旅」、「華麗なる賭け」などが公開された。
そして、五社協定のルールを覆し、石原裕次郎と三船敏郎が手を組んだ「黒部の太陽」が製作、公開された。

テレビでは、前田武彦と芳村真理が司会の音楽バラエティ「夜のヒットスタジオ」が始まり、その後22年間も続いた長寿番組となる。

また、丹波哲郎、千葉真一、野際陽子らが共演したアクションドラマ「キイハンター」や、スポ根アニメの元祖「巨人の星」が放映された。

そして、映画の前身となる渥美清主演の「男はつらいよ」がテレビドラマで放映。
この時のさくら役は、長山藍子であった。

UHFテレビが各地で開局し、これを機に地方のテレビ局が増えてゆく。

レコード売上の民間調査機関、オリコンが設立し、新譜のランキングは音楽業界から注目される。
「新譜ジャーナル」や「ヤングギター」などの音楽雑誌も創刊された。

音楽業界では、グループサウンズ(GS)が全盛期を迎え、沢田研二ボーカルのタイガースを筆頭に、テンプターズ、スパイダース、ワイルド・ワンズなど多くのGSがテレビの音楽番組を占拠。
とくに後発のオックスが「ガール・フレンド」でデビューすると先輩格のGSを凌ぐ勢いの人気グループとなり、彼らのコンサートでは10代の熱狂的な少女たちが次々と失神し、社会現象となる。

一方、ラジオの深夜番組では、高校生、大学生のファンが急増し、大学紛争が社会問題となった背景から、高石友也、岡林信康らのプロテストソング(メッセージ・フォーク)が支持を得た。

日本レコード大賞に輝いたのは、黛ジュン「天使の誘惑」。

このほか、伊東ゆかり「恋のしずく」、小川知子「ゆうべの秘密」、中村晃子「虹色の湖」など女性シンガーが活躍。

また、東京ロマンチカ「小樽のひとよ」、コロラティーノ「思案橋ブルース」、ロス・プリモス「雨の銀座」、ロス・インディオス「知りすぎたのね」、ソロでは森進一「盛り場ブルース」、美川憲一「釧路の夜」、青江三奈「伊勢佐木町ブルース」などムード歌謡も流行した。

この年、大ヒットしたのは、千昌夫「星影のワルツ」と、ピンキーとキラーズのデビュー曲「恋の季節」である。

そして、フォーリーブス、和田アキ子がデビュー。

洋楽では、サイモン&ガーファンクル「サウンド・オブ・サイレンス」、ビー・ジーズ「マサチューセッツ」、モンキーズ「デイドリーム・ビリーバー」、ビートルズ「ヘイ・ジュード」などがヒットした。

話題としては、日本初の超高層ビル「霞ヶ関ビル」(地上36階、147m)がオープン。

電電公社(現NTT)がポケベルサービスを開始し、郵便局が郵便番号制度を設定した。

また、宝くじの1等賞金が1000万円に。

いざなぎ景気を反映して、この年、日本は旧西ドイツを抜き、世界第2位の経済大国となった。

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この頃のネスカフェのCMが一番好き!

五島良子の「OPEN UP」といっても、ピンと来ない人が多いと思いますが、この曲のサビ「心を開いて 瞳を見つめて NESCAFE~」を聴けば、あのセクシーで物憂げなヴォーカルとメロディにはたと、膝をたたくでしょう。

もともとCM用に作られたこの曲は、あまりに反響が大きく、急遽1999年にCD化されて大ヒットしました。

それもあって「NESCAFE」という商品名がそのまま使われています。

また五島良子は6オクターブの声域を持つソウルフルな歌手で、昨今の十把一絡げのR&B歌手とは一線を画します。

そしてこの曲を聴きながら飲むコーヒーの旨さも格別です!

作詞:PROJECTN 、作曲:ILIJAGORT。

敬称略
鈴木正彦

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