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2012年6月

つい右手で握りこぶしを作ってしまう・・・

五木ひろしといえば今や演歌の大御所。

そんな五木楽曲の中でもとりわけ異色な曲「待っている女」(1972年)。

いきなりハモンド・オルガンのイントロが始まり、ロックっぽいリズム・アレンジとブラス・セクションも加わり、更には「ヘヘイヘイ!」という女性コーラスが絡む。

ううん、どこかで聴いたような・・・そうだ、レイダースの「嘆きのインディアン」だ・・・しかし次の瞬間、力を押さえ気味に「消え残る街灯り~」と五木のヴォーカルが入ってくる、しかも全く違和感なしで。

そこからはもう五木ワールド。

72年という年代にして演歌とロックの融合がこんなにしっくり来るとは(#^.^#)。

ジャンルを超えたチャレンジってかなり前からあったんですね。

1976年に行われた日本人初の五木ひろしラスベガス公演オープニング・ナンバーもこの曲。

きっと大ウケしたんでしょうね。

作詞は山口洋子、作編曲は藤本卓也

敬称略
鈴木正彦

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おしゃれな夏をオメガでいち早く楽しんじゃおう!

白いスーツにサングラス、澄んだ声にAORサウンドといえば「杉山清貴&オメガトライブ」。

彼らの最大のヒット曲が1985年発売の「ふたりの夏物語」。

もともとJALPACKのCMソングとしてサビの「オンリー・ユー~」のキャッチ・コピーを基に、康珍化(作詞)&林哲司(作曲)が完成させた作品。

ほとんど時間がない中で作られたにもかかわらず、最高の売上を記録してしまったとのこと。

ヒット曲ってそういうものかもしれませんね。

敬称略
鈴木正彦

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ご存知でしょうか? 日活の女優だった“伊藤るり子"という人を

“伊藤るり子”という女優をご存じだろうか。
往年の日活ファンであれば、ほとんどの人は知っているのだろう。
日活映画「東京は恋する」(1965年)、テレビドラマ「雨の中に消えて」(1966年)などに出演し活躍した。
私が、この女優を初めて知ったのは、リアルタイムでみていた「雨の中に消えて」。
松原智恵子、広瀬みさ、そして、舟木一夫と共演した青春ドラマだ。
如何せん、今から46年前のため、内容は、ほとんど憶えていない。
田園調布っぽい街並みや、選挙カーで応援演説した舟木一夫、松原と舟木の口喧嘩など、断片的な記憶しかない。
数年前にCSか何かで再放送があったらしい。
今の時代、ネットでかなりのことが調べられるから、このドラマの監督や脚本、原作もわかる。
また、YouTubeで映像がみえたりもする。
あの頃は、監督や脚本などに全く関心はなく、ただただドラマをみていた。
放送期間が、三ヶ月だったことも最近になって知る。
遠い遠い昔の、微かな記憶しかないドラマだが“伊藤るり子”という女優は、あの時、ファンになった。
そして、前述の映画「東京は恋する」のビデオも数年前にネットオークションで買った。
先日、すでに引退している、その人と電話で話す機会があった。
私より、年は少し上だが、あの頃とあまり変わらない、明るい声を聞いたような気がする。
いつになく、気持ちが高揚した一日だった。そして、また彼女のファンになってしまった。
電話で話せたのは、元日活の女優、西尾三枝子さんの配慮からである。有り難うございます、三枝子さん。

敬称略
川原和博

docomo、au、softbankのフィーチャーフォンをお使いの方、docomoスマートフォンをお使いの方は下記リンクから配信中の楽曲をご覧になれます。
※一部の機種ではご覧になれません。
→舟木一夫

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哀愁を帯びたテリーのギターが泣いている・・・

さすらいのギター/寺内タケシとブルージーンズ

さすらいのギター」といえば1971年にベンチャーズ小山ルミで流行った曲と記憶している人も多いはず。

しかしこの曲のオリジナルはフィンランドのサウンズというグループが1963年に発売したもので、原題は「Manchurian Beat」といって直訳すると「満州のビート」。

もとはロシアのSchatrowさんが亡くなった兵士を思って作ったメロディとのこと。

とにかく哀愁を帯びたメロディは異国情緒たっぷりで、前出した3組以外にもスプートニクスキングス・ロードとかにもカバーされています。

そして中でもギターの泣かせ具合だったらダントツなのがこの寺内タケシ

独特のトレモロ・アームを駆使してココロの琴線を震わせてくれてます。

敬称略
鈴木正彦

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アポロ11号が月に着陸し、「oh!モウレツ」が流行った昭和44年はこんな年だった…

この年の1月、東大安田講堂を全共闘の学生たちが占拠、機動隊と衝突した。

また、2月頃は新宿西口広場に、ベトナム反戦を呼びかけたフォーク・ゲリラが集まりだし、警察・機動隊の弾圧を受ける。
6月には7000人を超す集会を開いたが、機動隊によって強制撤去させられた。

さらに11月、山梨県・大菩薩峠で武装訓練合宿中の赤軍派53名が逮捕される。

学生や若者が善くも悪くもエネルギーに満ちあふれていた時代でもあった。

アメリカでは7月、アポロ11号が月面着陸に成功し、人類が初めて月の上を歩いた。

真夏の8月には、入場者40万人を超えた野外コンサート「ウッドストック・フェスティバル」が開催される。

その頃、日本では甲子園球児の熱戦が三沢高校と松山商業の間で繰り広げられ、延長引き分けをはさんだ翌日、決勝の再試合で松山商業が勝利をつかんだ。
連投で敗戦投手となった太田幸司が悲劇のヒーローとして人気者に。

また、岐阜県中津川では、全日本フォークジャンボリーが開催され、高石友也、岡林信康、五つの赤い風船、高田渡、遠藤賢司らが出演した。

国際競争突入の時代を迎え、八幡製鉄と富士製鉄が、公取委の独禁法の壁を乗り越え合併の道すじをたてた。

戦後一番の大型合併の誕生である。

一方、ソニーと松下電器(現・パナソニック)がともに、テレビ映像を録画・再生できる家庭用VTRを開発、その後70年代に入って各社相次いで発売にこぎつけた。
それはのちの、ベータとVHS戦争へとつながってゆく。

また、セイコー(服部時計店)は世界初のクォーツ(水晶発振式)腕時計を発売。

そして、東名高速道路が全線開通し、名神高速をつないだ東京~神戸間が高速で結ばれた。

また、東京駅八重洲と大阪梅田に巨大地下街が誕生。

東京・豊洲では、原子力船むつの進水式が行われたが、5年後に放射線漏れの事故を起こし原子炉を撤去した。

日本のGNP(国民総生産)が西ドイツ(現・ドイツ)を抜き世界2位になった年でもある。

テレビ番組では、長寿ドラマとなる「水戸黄門」やNHK大河ドラマ「天と地と」をはじめ、「サインはV」(岡田可愛主演)、「柔道一直線」(桜木健一主演)などのスポ根ドラマが人気を得た。

バラエティでは、「8時だョ!全員集合」、「コント55号の裏番組をブッ飛ばせ!」、「巨泉・前武のゲバゲバ90分!」や田宮二郎司会「クイズタイムショック」などがスタートした。

また、「サザエさん」、「ひみつのアッコちゃん」、「ムーミン」、「タイガーマスク」、「アタックNo.1」など、のちに人気となるアニメ番組が次々と放送開始。

ラジオでは、文化放送の深夜番組「セイ!ヤング」が始まり、NHKがFM本放送を開始した。

映画では、渥美清主演の国民的娯楽映画「男はつらいよ」第1作が公開され、以降1995年の第48作までロングシリーズとなった。

音楽業界では、由紀さおり「夜明けのスキャット」や皆川おさむ「黒ネコのタンゴ」がミリオンセラーとなる。

歌謡ポップス・フォーク系では、いしだあゆみ「ブルー・ライト・ヨコハマ」、森山良子「禁じられた恋」、カルメン・マキ「時には母のない子のように、はしだのりひことシューベルツ「風」、ピンキーとキラーズ「涙の季節」、弘田三枝子「人形の家」、伊東ゆかり「知らなかったの」、トワ・エ・モワ「或る日突然」、ヒデとロザンナ「愛の奇跡」、中山千夏「あなたの心に」などがヒットした。

洋楽では、メリー・ホプキン「悲しき天使」、ジリオラ・チンクェッティ「雨」、フィフス・ディメンション「輝やく星座」、ゼーガとエバンス「西暦2525年」、フランシス・レイ楽団「白い恋人たち」、ピンキーとフェラス「マンチェスターとリバプール」などがヒット。

この年にデビューしたのは、クールファイブ「長崎は今日も雨だった」、森田健作「夕陽の恋人」、ちあきなおみ「雨に濡れた慕情」、井上陽水(アンドレ・カンドレという芸名でデビュー)「カンドレ・マンドレ」など。

日本レコード大賞を獲得したのは、佐良直美「いいじゃないの幸せならば」である。

テレビCMでは、モデルの小川ローザのスカートがめくれる「oh!モウレツ」という石油会社のCMが話題を呼び、ハナ肇のギャグ「アッと驚くタメゴロー」がテレビ番組「ゲバゲバ」から生まれ流行語となった。

発ガン性が指摘された人工甘味料チクロが使用禁止になったのもこの年からのこと。

そして、世界平和を呼びかけたジョン・レノンとオノ・ヨーコが結婚したのもこの年です。

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ビリーバンバンの可愛らしい曲です。

1969年にデビューして以来今でも現役バリバリで活動しているビリーバンバン

陽気で饒舌な兄、菅原孝と寡黙でクールな弟、菅原進の2人は、他の追随を許さない個性的なユニット。

特に優しく繊細なヴォーカルとハーモニーは今も変わらない魅力。

そして彼らが発表した数ある楽曲中でもとりわけ可愛らしい曲がこの「れんげ草」。

あの大ヒット曲「さよならをするために」に続いて1972年に発売され、作詞&作曲は安東久

前作の大人の恋愛の世界から一転してほのぼのとした純朴な若い2人の愛を歌っている。

どちらかというと、タイトル同様心の中にそっと大事にしておきたい作品。

そういえばここ最近れんげ草ってあまり目にしてないような・・・。

敬称略
鈴木正彦

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歌が大ヒットして映画化「銀座の恋の物語」。映画が大ヒットしてレコード化「嵐を呼ぶ男」。

昭和を代表するスター、石原裕次郎。

彼の数多くのヒット曲から、代表曲2曲をご紹介。

まずは、デュエット曲の定番「銀座の恋の物語」(作詞・大高ひさお、作曲・鏑木創)。

牧村旬子とのデュオで昭和36年にリリース。

この歌の大ヒットにより、翌37年、日活創立50周年を記念して映画化。

駆けだしの画家役に裕次郎。その恋人役に浅丘ルリ子。
ルリ子は交通事故で記憶喪失に…。

そんなラブストーリーで、当時の銀座の街がロケに使われている。

カラオケで(メーカーによりますが)その映像がみられるのは貴重。

そして、もう1曲は「嵐を呼ぶ男」(作詞・井上梅次、作曲・大森盛太郎)。

昭和32年12月に公開された同名映画の主題歌。

ドラマー役の裕次郎。

共演の北原三枝が演じたマネージャー役は、ナベプロの渡辺美佐がモデルだといわれている。

作詞した井上梅次はこの映画の監督で、渡辺家に寝泊りして取材したとか。

裕次郎の人気は、この映画の大ヒットで不動のものとなった。

※ちなみに「ALWAYS 続・三丁目の夕日」で六子(堀北真希)が観た映画シーンは、「嵐を呼ぶ男」である

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N.S.Pの大ヒット曲。舞台は磐井川の堤防…

叙情派フォークの代表バンド「N.S.P」。

彼らの最大のヒット曲が1974年発売の「夕暮れ時はさびしそう」。

この曲からメジャーの仲間入りを果たし、TVなんかにもよく出演するようになった。

作詞/作曲は今は亡き天野滋。

もともと岩手県一関市出身ということもあって、一関磐井川の堤防がこの曲の舞台ということ。

初々しいカップルのデートの様子が語られるこの歌詞は、青春の甘酸っぱさがたっぷりつまっている。

2002年に3人で再結成してこれからという矢先の天野さんの訃報は本当に残念!

しかし最近は、昔からの仲良しだった元ふきのとうの細坪基佳、N.S.Pの中村貴之、平賀和人の3人で「スリーハンサムズ」を結成し、N.S.Pの曲とかを演奏している模様。

N.S.Pを聞きながら青春時代を送った方々は是非ライブに一度足を運ばれてみては?

敬称略
鈴木正彦

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