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ジョン・レノンは、イギリスで生まれたサトウハチローだった…?

ケータイ着うたフルサイト「昭和の青春ポップス」の人気コーナー「作詞家・作曲家列伝」。
今回は、詩人であり、童謡作家であり、小説家であるサトウハチローを取りあげた。
実は、終戦直後、荒んだ日本を明るくした歌「リンゴの唄」をはじめ、多くの歌謡曲も作詞している。
また、意外にも、あのフォーク・クルセダーズの「悲しくてやりきれない」の作詞も手掛けている。
この歌は、「帰ってきたヨッパライ」が大ヒットしたフォークル2作目の「イムジン河」が、諸事情で発売中止となり、急遽、差し替えで発売されたもの。不良少年が更正して作家となり、「ちいさい秋」をはじめとした童謡や、母をテーマにした詩を数多く作ったサトウハチロー。
著者の音楽プロデューサー・野口義修は、その生きざまが、ジョン・レノンに似ていると。いや、ジョンがハチローに似ていると解説。
ぜひ、一読を。

ちなみに、ケータイであれば、誰でも無料で読めま〜す(^O^)

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