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2012年5月

ロッキード事件が発覚し、「記憶にございません」が流行語になった昭和51年はこんな年…。

この年の2月、アメリカの公聴会でロッキード汚職事件が発覚。
7月には、元首相の田中角栄が逮捕。
ロッキード社の旅客機「トライスター」を全日空に売り込むために工作された贈収賄事件であった。

明るいニュースでは、カナダ・モントリオールで開催されたオリンピック女子体操競技で、ルーマニアのコマネチが史上初の競技得点10.00の満点を獲得し世界中から注目を浴びた。

また、日本ビクターがVHS方式のビデオデッキを発売しのちに世界標準の規格となった。

ヤマト運輸が宅配便を始めたのもこの年である。

文学界では、村上龍の「限りなく透明に近いブルー」が芥川賞を獲りベストセラーに。

一方、角川書店は映画製作に進出し、横溝正史の小説「犬神家の一族」を第1弾として製作した。

テレビ番組では、浅茅陽子主演のNHK朝のテレビ小説「雲のじゅうたん」が人気を博す。

他に、大橋巨泉司会の「クイズダービー」(TBS系)やトーク番組「徹子の部屋」(テレビ朝日系)が始まる。

アニメでは、世界名作劇場「母をたずねて三千里」(フジテレビ系)が放映。

音楽界では、イギリスのアイドルグループ、ベイ・シティ・ローラーズが12月に来日、10代の少女たちが熱狂した。

またオリビア・ニュートン・ジョンの「ジョリーン」や「カントリー・ロード」が日本では大ヒット。

この年のヒット曲は、ダニエル・ブーン「ビューティフル・サンデー」、大田裕美「木綿のハンカチーフ」、中村雅俊「俺たちの旅」、あおい輝彦「あなただけを」、山口百恵「横須賀ストーリー」、因幡晃「わかって下さい」、荒井由実「あの日にかえりたい」、イルカ「なごり雪」などが挙げられる。

この年デビューしたのは、ピンクレディー、来生たかお、新沼謙治など。

日本レコード大賞は、都はるみの「北の宿から」が受賞した。

「記憶にございません」や「わかるかなあ?わかんねえだろうなあ。」などが流行語となった年である。

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実はこの曲には驚愕の事実が潜んでいた!…トム・ジョーンズ「思い出のグリーングラス」

かつてはセックス・シンボルとしても名を馳せ、ワイルドなイメージが強いトム・ジョーンズ

ダイナミックでソウルフルな歌声は彼のトレードマーク。

そんなトムの違う一面がうかがえるのがこの「思い出のグリーングラス」。

1965年にシンガー・ソング・ライターのカーリー・プットマンが発表し、翌年トムがカバーして世界的なヒットになった曲。

なんと全英、全米ともシングル・チャートで1位を獲得。

故郷の小さな町に帰り、懐かしい人々や場所に出会うというほのぼのとした心あたたまる曲・・・だと思ったら実は3番の歌詞によると全て一瞬の夢だったというオチだった!

しかも主人公は死刑囚で翌日処刑の身。

そうなるとトムの野太い声が一挙にせつなく、悲しい声に聞こえてきます。

山上路夫訳詞ではこの部分が変更されているので、ちょっと意外な人も多いのでは?

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吉田拓郎やかぐや姫が出演し、5万人が熱狂したオールナイトコンサート「つま恋ライヴ」。そんな昭和50年の出来事は…

昭和30年代から続いた日本の高度経済成長から一転、戦後最大の不況といわれた年で、有名企業の倒産が相次いだ。

そんな中、沖縄では国際海洋博が開かれ、岡山~博多間の山陽新幹線が開通した。

海外では、アメリカ軍撤退後、南ベトナム政府が北ベトナム解放軍に無条件降伏し、長期にわたったベトナム戦争に終止符をうった。

話題としては、ソニーがベータマックス方式のビデオデッキを発売、翌年ビクターがVHS方式を出し、ビデオ規格の競争が始まる。

また、ビル・ゲイツがマイクロソフトを設立、一方で100円ライターが普及したのもこの年であった。

映画では、「タワーリング・インフェルノ」や「ジョーズ」が公開。

テレビ番組では、刑事ドラマ「Gメン75」(TBS系)、青春ドラマ「俺たちの旅」(日本テレビ系)が人気を博し、バラエティでは「欽ちゃんのドンとやってみよう」(フジテレビ系)、「カックラキン大放送!!」(日本テレビ系)などが始まった。

変わったところでは新聞社会面の事件をレポート、追跡する番組「テレビ三面記事・ウィークエンダー」(日本テレビ系)が話題となる。

アニメでは「世界名作劇場・フランダースの犬」(フジテレビ系)や「まんが日本昔ばなし」(TBS系)、SFアニメ「タイムボカン」(フジテレビ系)などが高視聴率を獲る。

音楽業界では、フォークシンガーの小室等、吉田拓郎、井上陽水、泉谷しげるの4人が中心となり、フォーライフ・レコードを設立。

そして、拓郎やかぐや姫たちが出演したオールナイトコンサート「つま恋ライヴ」が8月に静岡県掛川市で行なわれ、5万人のファンが夜通し熱狂した。
2006年にも同じ場所で拓郎らが再演し話題を集めたのは記憶に新しい。

年末には、子供番組から火がつき子門真人が歌った「およげ!たいやきくん」がリリースされシングル史上最高の450万枚(オリコン調べ)を売上げた。
この大記録は現在も破られていない。

また、ロックバンド、キャロルが解散、ザ・ピーナッツが引退。

この年の日本レコード大賞は、小椋桂が作詞・作曲し、布施明が歌った「シクラメンのかほり」である。

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ジョン・レノンは、イギリスで生まれたサトウハチローだった…?

ケータイ着うたフルサイト「昭和の青春ポップス」の人気コーナー「作詞家・作曲家列伝」。
今回は、詩人であり、童謡作家であり、小説家であるサトウハチローを取りあげた。
実は、終戦直後、荒んだ日本を明るくした歌「リンゴの唄」をはじめ、多くの歌謡曲も作詞している。
また、意外にも、あのフォーク・クルセダーズの「悲しくてやりきれない」の作詞も手掛けている。
この歌は、「帰ってきたヨッパライ」が大ヒットしたフォークル2作目の「イムジン河」が、諸事情で発売中止となり、急遽、差し替えで発売されたもの。不良少年が更正して作家となり、「ちいさい秋」をはじめとした童謡や、母をテーマにした詩を数多く作ったサトウハチロー。
著者の音楽プロデューサー・野口義修は、その生きざまが、ジョン・レノンに似ていると。いや、ジョンがハチローに似ていると解説。
ぜひ、一読を。

ちなみに、ケータイであれば、誰でも無料で読めま〜す(^O^)

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人と人の絆を歌った曲。

池上線」でお馴染みの西島三重子が2002年に発表した「おひさまのたね」。

作詞は弥勒、作曲は西島三重子

この曲は子供の健やかな成長を祈る親の気持ちを歌ったもので、「親と子」「先生とこどもたち」の架け橋となる曲として、現在も全国の幼稚園、学校、コーラスグループなどで歌い継がれています。

またライブでは手話も交えて演奏され、会場が一体となる感動の一曲でもあります。

心にぬくもりが欲しいとき、この曲はオススメです。

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ケータイユーザーの選択を無視してはいけない!

いま、日本の携帯電話会社の動きは、スマホ一辺倒。
スマホは、とくに若者の間で、人気があるのは認める。だが、一辺倒はいけない。
新製品をすべてスマホにするのは、客観的にみてもおかしい?
既存ケータイの方がいい!というユーザーもたくさんいることを忘れているのか?
ユーザーの選択肢、ニーズを無視してはいけない。
なにか、携帯電話会社(の何社か)は焦っているかのようにみえる。海外から来たスマホに脅威を感じる、という過剰反応を表しているからだろうか?
以前にも、このブログで書いたが、既存ケータイでも、YouTubeは見える。ブログもツィッターもできる。
Google検索ももちろん出来る。
こういうことを、一般ユーザーだけでなく、スマホブームを煽るマスコミ担当者も、あまり知らない人が多いのではないか?と、報道をみてると、そんな気がしてならない。
これまで流行ってきたSNSは、PCよりも、むしろケータイが主流だった。
「海外ではガラケーと呼ばない。日本だけがガラケーと呼んでいる」と、日本のケータイをリードしてきたある人が言っている。
さらに驚いたのは、シニア向けスマホを出すとのこと。
既存ケータイよりも、さらに操作が複雑で、セキュリティも自己責任のスマホ。そのスマホで、シニア向けを作ることにも、やはり疑問を感じる。
文字の拡大は、既存ケータイで充分可能。
目が人一倍悪い私が言うのだから間違いない。
携帯電話会社の戦略担当者に言いたい。
既存ケータイを進化させた、そういう、スマホではない、ケータイがあっていいのではないか。
日本オリジナル製に、もっと自信を持って欲しい!
川原和博

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小津安二郎監督の代表作「東京物語」

松竹映画「東京物語」。小津安二郎監督の代表作で、1953年(昭和28年)11月に公開された。
主演は、笠智衆と原節子。小津作品には、かかせない二人。
老夫婦が、久しぶりに尾道から上京し、子供たちを訪ねるが、子供たちはみな忙しく、あまりかまってくれない。
唯一、戦死した次男の嫁が、東京見物に付き合うなど親切にもてなしてくれる。
その嫁役に、原節子。老夫婦に、笠智衆と東山千栄子。
子供たちに、山村聡、杉村春子、大阪志郎、そして尾道で同居する末娘に香川京子。
ほかに、三宅邦子、東野英治郎等が脇をかためる。
物語は、親子のあり方、心情を淡々と追っていく。
今から60年ほど前の日本の生活スタイル、街並みがそこには描かれている。
当時の生活環境がシンプルだったのか、はたまたストーリーがシンプルなのか…。
物質的にははるかに恵まれてはいるが、なんて、現代は複雑社会なのだろうと、改めて考えさせられてしまう。
終戦から8年、まだまだ戦争の傷跡は残るものの、のどかな空気、人情が、至るところに満ち溢れていた時代だったのだろう。
ちなみに、笠智衆は、このとき49歳で、70を超えた老人を演じている。
娘役の、杉村春子は47歳、山村聡は43歳、原節子は33歳だった。
敬称略
川原和博

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加藤JOE ファーストアルバム 公開レコーディング in けやきホール参加者募集!

当サイトでも人気のパーシーフェイス・オーケストラに1972年から6年間にわたり在籍、ヘンリー・マンシーニ、ミッシェル・ルグラン、フランシス・レイ、バート・バカラック等のアーティストとも多数共演など、世界的な活躍をしているヴァイオリニスト加藤Joeさんのアルバムの公開レコーディングが6月9日に渋谷けやきホールにて行われます。
現在この公開レコーディング参加者を募集中です。入場は無料。
是非この機会に世界の音に触れてください。

加藤JOE  公開レコーディング in けやきホール

日時:2012年6月8日(金)
   受付開始 17:30 / 開場 18:00 / 開演 18:20

価格:無料

会場:古賀政男音楽博物館内 けやきホール (東京都渋谷区上原三丁目6-12)

出演:加藤JOE & GOLD RUSH

※お申し込み・お問い合わせはこちら。 

ベガ・ミュージックエンタテインメント株式会社
URL:http://www.vme.co.jp/vmenew/joe.html
TEL:042-788-4407

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ブルー・コメッツの「ブルー・シャトウ」がレコード大賞を獲った昭和42年は、こんな年だった…

反戦歌を歌ったフォークの女神、米国のジョーン・バエズがこの年の1月に来日。

世界中で広がったベトナム反戦運動が日本でも過熱してゆく。

ヨーロッパでは、EC(欧州共同体)が発足、のちのEU(欧州連合)や通貨統合に進展する。

日本航空が世界で4番目となる世界1周便を就航し、日本の人口が1億人を突破。

経済発展の負の遺産である大気汚染や、海・川の水質汚濁、悪臭などの公害が深刻化。
水俣病や四日市ぜんそくなどの公害病が社会問題となる。

東京都知事選では、初の革新派、美濃部亮吉が当選した。

その都では、交通渋滞と赤字経営からほとんどの都電廃線を決定。
昭和47年以降は、荒川線だけの運行となる。

一方、関西では、阪急電鉄北千里駅の改札に自動改札機が登場。
これによって、ラッシュ時の改札が緩和されてゆく。

また、カーマニアにはたまらない幻の名車「トヨタ2000GT」や世界初のロータリーエンジンを搭載したマツダ「コスモスポーツ」が発売された。

音楽業界では、この年の2月にザ・タイガースが「僕のマリー」でデビュー。
一躍、超人気アイドルグループに。

そして、ジャッキー吉川とブルー・コメッツが「ブルー・シャトウ」で年末の日本レコード大賞を獲得する。

ほかにも、テンプターズ、スパイダース、ワイルド・ワンズ、ジャガーズ、カーナビーツ、ヴィレッジ・シンガーズなどの数多くのグループサウンズ(GS)が活躍した。

歌謡曲でもGS調(エレキサウンド)の曲を取り入れたものがヒットし、代表的なものに、美空ひばり「真赤な太陽」、中村晃子「虹色の湖」、黛ジュン「恋のハレルヤ」や、ベンチャーズ作曲の奥村チヨ「北国の青い空」などが挙げられる。

また、前出のほかに、伊東ゆかり「小指の想い出」、佐良直美「世界は二人のために」、ザ・ピーナッツ「恋のフーガ」、伊東きよ子「花と小父さん」などの女性歌手や、ロス・プリモス「ラブユー東京」をはじめとするムードコーラス、ご当地ソングが流行した年でもある。

ラジオの深夜放送では「パックインミュージック」(TBS)やオールナイトニッポン(ニッポン放送)が始まり、大学生や若いリスナーに音楽や文化、流行を発信していった。

とくに、モダンフォークやカレッジフォークのムーブメントは、これらの深夜放送の影響が大きかった。

カレッジフォークのマドンナ、森山良子は「この広い野原いっぱい」で1月にデビュー。

12月には、関西のフォーク、ザ・フォーク・クルセダーズが深夜放送で火がついた「帰ってきたヨッパライ」でメジャーデビューし、翌年にかけて当時としては驚異的記録の200万枚を超える大ヒットとなった。

洋楽では、ビー・ジーズ「マサチューセッツ」、モンキーズ「デイドリーム・ビリーバー」やシーカーズ「ジョージ・ガール」などがヒットした。

また、ミニスカートの妖精といわれたイギリスのモデル、レスリー・ホーン(愛称ツィギー)が来日、ミニスカートが日本でも大ブームとなる。

また、寺山修司主宰の劇団「天井桟敷」が旗揚げ公演。

これを機にアングラフォークが生まれ、その後カルメンマキや浅川マキが登場する。

テレビ番組では、NHK朝ドラ「旅路」や、アメリカのアクションドラマ「スパイ大作戦」(フジ系)、九重佑三子主演「コメットさん」(TBS系)などが人気に。

子供向けでは、「ウルトラセブン」(TBS系)、「仮面の忍者赤影」(関西テレビ系)、アニメでは、「パーマン」、「冒険ガボテン島」(ともにTBS系)などが放映された。

洋画では、「007は二度死ぬ」、「グラン・プリ」などがヒットする。

個人的には、渥美清主演の「喜劇団体列車」などを観ていた。

また、この年は「風と共に去りぬ」主演女優のビビアン・リーが53歳で逝去した。

「大きいことはいいことだ」がテレビCMから流行語となり、団次郎主演の男性化粧品「MG5」のCMが話題になった。

また、玩具メーカーのタカラ(現・タカラトミー)から、リカちゃん人形が発売されヒット商品となる。

そして、日本初の市民マラソン、青梅マラソンがスタートし、ハワイ生まれの日系ボクサー、藤猛がJ・ウェルター級世界チャンピオンとなり、「少年マガジン」誌では「あしたのジョー」が連載開始となった。

「遠い地平線が消えて、ふかぶかとした夜の闇に心を休める時…」
「ミスター・ロンリー」のBGMとともに城達也のナレーションで始まる「ジェット・ストリーム」(FM東海、のちにFM東京)が放送開始となったのもこの年である。

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大橋純子の転機となった曲…

1974年のデビュー以来、ファンキーでパンチのきいた女性ヴォーカリストとして日本の音楽界で注目されていた大橋純子

そんな彼女を歌謡曲の世界で大ブレイクさせたのが1978年に発売された「たそがれマイ・ラブ」。

ドラマの主題歌という企画物でもあったため作家陣には阿久悠筒美京平が起用されました。

それまでとはうって変わった曲調に、当初本人やバンドメンバーなどは複雑な思いだったようですが、結果は大ヒットに。

しかしライブになると新旧のファンで好みが異なるため、非常にやりにくかったとか。

またこの曲に関しては、抑えめに歌うことによって大人の恋愛を表現したそうです。

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日活創立50周年記念映画・銀座の恋の物語

たぶん…40数年ぶりに日活映画「銀座の恋の物語」をテレビで観た。
石原裕次郎、浅丘ルリ子共演で、他には、ジェリー藤尾、江利チエミ、和泉雅子、南風洋子等が出演している。
同映画は、日活創立50周年を記念して1962年(昭和37年)3月4日に公開されたもの。
「心の底までしびれるような…♪」
今では誰もが知るカラオケの定番曲。
歌が大ヒットし、あとから映画化された、いわゆる歌謡映画だ。
裕次郎と同曲をデュエットした牧村旬子も出演している。
物語は、かけだしの画家・裕次郎と、お針子役・ルリ子のラブストーリー。ルリ子が交通事故で記憶喪失になる…。
ジェリー藤尾は、売れないピアノミュージシャンで、裕次郎の同居人役。
当時の銀座の街並みやデパートをはじめ、調布撮影所にあった日活銀座が随所に現れて、それだけでも観ていて楽しめる。
デザイナー森英恵の銀座アトリエをロケに使ったという話も以前、きいたことがある。
監督は、のちに「南極物語」や「青春の門」を撮った蔵原惟繕。
脚本は、のちに「黒部の太陽」を監督した熊井敬と「動乱」を書いた山田信夫の合作。
プロデューサーは、水の江瀧子。
裕次郎が27歳、ルリ子が21歳の時の作品。
昔の映画を観ていつも思うのは、今の役者よりも、はるかに大人っぽいこと。
こんなことを感じるのは私だけだろうか…。
瑞々しい浅丘ルリ子が実にチャーミングだった。
敬省略

川原和博

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長嶋茂雄が引退した昭和49年は…

この年は、前年のオイルショックや田中角栄の日本列島改造論の影響で、土地や物価が高騰し、超インフレの時代が続いた。

そんな中、フィリピンのルバング島から元日本兵の小野田寛郎さんが帰還。
30年間もジャングルに潜伏していた。

また長年、海底炭鉱で栄えた長崎の端島(軍艦島)が閉山。

話題としては、日本初のコンビニ・セブンイレブン1号店が東京の豊洲にオープン。

超能力者のユリ・ゲラーが来日し、テレビ生出演でスプーンを曲げ大きな反響を呼んだ。

そして、若いOLの旅行スタイルをアンノン族と呼び国内旅行が大ブームに。

そのせいか、北海道広尾線の愛国駅から幸福駅行きの切符を手に入れたいと全国の若者から注文が殺到した。

また、ソフトポルノ映画「エマニエル夫人」や宝塚の演劇「ベルサイユのバラ」が若い女性に支持され大ヒット。

名実ともにOLが消費をリードする時代を迎えた。

一方で、10代の男性には映画「燃えよドラゴン」で主演したアクション俳優のブルース・リーに人気が集まった。

テレビでは、桂三枝と西川きよし司会の素人お見合い番組「パンチDEデート」(フジテレビ系)がスタートし人気番組に。

ドラマでは、中村雅俊主演の学園ドラマ「われら青春!」(日本テレビ系)が放映され挿入歌「ふれあい」が大ヒット。

向田邦子脚本の「寺内貫太郎一家」(TBS系)や、荻原健一、水谷豊共演の「傷だらけの天使」(日本テレビ系)などのドラマも話題を集めた。

アニメでは、「宇宙戦艦ヤマト」(日本テレビ系)や「アルプスの少女ハイジ」(フジテレビ系)の放映が始まった。

前年のオイルショックによる電力節約で、テレビの深夜放送枠を打ち切った年でもある。

映画では、かぐや姫のヒット曲から、藤田敏八監督による「赤ちょうちん」「妹」が秋吉久美子主演で上映、他に「青春の蹉跌」や「エクソシスト」がヒットした。

また、西岸良平のマンガ「三丁目の夕日」が連載開始となり、「ノストラダムスの大予言」がベストセラーに。

フォーク界では、「結婚するって本当ですか」(ダ・カーポ)、「精霊流し」(グレープ)、「岬めぐり」(山本コータロー&ウィークエンド)、「あなた」(小坂明子)などがヒット。

この年の日本レコード大賞は、吉田拓郎作曲、岡本おさみ作詞で森進一が歌った「襟裳岬」が受賞。

そして、野球界のスーパースター巨人の長嶋茂雄が引退した年でもあった。

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オイルショックでトイレット・ペーパーが店から消えた昭和48年…

この年の象徴的ニュースはオイルショック。

第4次中東戦争が勃発し、原油価格が急騰、トイレットペーパーなどが品薄状態となる一大パニック事件であった。

明るい話題では競走馬、ハイセイコーが怪物と呼ばれ人気者となり、もうひとりの怪物、甲子園球児で活躍した作新学院の江川卓投手が登場。

プロ野球では、長島、王がいた巨人軍がV9を達成。

小松左京の小説「日本沈没」がベストセラーとなり映画化、映画も大ヒット。

菅原文太主演の映画シリーズ「仁義なき戦い」(東映系)もこの年に始まった。

テレビでは萬屋錦之助主演の時代劇「子連れ狼」(日本テレビ系)や、せんだみつお司会による素人バラエティー番組「ぎんざNOW!」(TBS系)が話題となる。

映画スターの吉永小百合が結婚し、サユリストをはじめ多くのファンから祝福された。

音楽界では、フォークのかぐや姫が「神田川」をリリースし大ヒット。

また、井上陽水のアルバム「氷の世界」がミリオンセラーとなり吉田拓郎とともにフォーク界をリードする。

ニューミュージック系では、ユーミンがアルバム「ひこうき雲」をリリースし、チューリップ「心の旅」やペドロ&カプリシャス「ジョニィへの伝言」などがヒットした。

一方、アイドル歌手百花繚乱の時代でもあり、森昌子に次いで、桜田淳子、山口百恵がデビュー。

先輩格の小柳ルミ子、天地真理、南沙織のほか麻丘めぐみ、アグネスチャンなどが活躍。

TVドラマ「時間ですよ」から浅田美代子が「赤い風船」でデビュー。

洋楽では、「イエスタデイ・ワンス・モア」などのヒットでカーペンターズが人気を博した。

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