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日活100周年〜ロマンポルノが遺したものは?

1971年、日活は、経営危機を乗り切るため、ロマンポルノと称する成人向け映画に路線を変えた。
実は、これより数年前、人気俳優やベテラン監督たちのほとんどは、すでに日活を去っていた。
映画の斜陽化に伴い、五社協定(日活は1958年から協定に加入)は自然消滅し、俳優やスタッフなど多くの映画人は、活躍の場をテレビにシフトしていた。
ロマンポルノは、必然的に若手スタッフが中心となり、遮二無二映画を作ることになる。
それは、結果的に、若手監督の発掘・育成につながったともいわれている。
従来の映画と比べ、はるかに低予算で作るロマンポルノは、ある程度、若手監督の裁量で、ストーリーや演出が自由に描けた。
この環境が、新人監督の才能を開花させたのかもしれない。
藤田敏八監督の「八月の濡れた砂」は、路線変更直前に公開されたものだが、新しいムーブメントを持っていた。
のちに藤田は、フォークグループ『かぐや姫』の歌の「赤ちょうちん」、「妹」をそれぞれ題材に、秋吉久美子主演の“四畳半青春映画”(ヌードはあるがロマンポルノではない)を手掛けている。
以下、ロマンポルノ時代の監督または、助監督などの下積みを経て後年、一般映画の名作を手掛けた監督を挙げてみる。
神代辰巳(くましろたくみ)=石川達三原作、萩原健一主演「青春の蹉跌」。
村川透=夏八木勲主演「白昼の死角」、松田優作主演「野獣死すべし」。
根岸吉太郎=永島敏行主演「遠雷」。
相米慎二=緒形拳主演「魚影の群れ」。
金子修介=藤原竜也主演「デスノート」。
いずれも多彩な実力派揃いだ。
また、新人の永島暎子を撮った加藤彰や武田一成ほか、田中登、小沼勝など、ロマンポルノ時代を中心に活躍した監督もいる。
余談だが、永島暎子の主演作品に、ポルノ映画というより“青春映画”だと思えるものがあった。
日活ロマンポルノの女優で真っ先に浮かぶのは、宮下順子、白川和子、そして、田中真理、谷ナオミ、東てる美…などが挙げられる。
同じころ、東映でも、池玲子主演などのポルノ映画を製作していた。
また、新東宝倒産後にできた大蔵映画などは、それ以前からピンク映画と称し成人映画を作っている。
これらを製作したスタッフの中からも後年、活躍している名監督が何人も生まれている。
さて、日活は、1988年までの17年間にわたり、1100本前後のロマンポルノを上映した。
斜陽化した映画産業は、日活に限らず、邦画全体の方向性がつかめぬまま、出口の見えない暗闇の時代が長く続く。
大作や名作と言われる邦画が徐々に生まれて、洋画以上の観客動員数を獲れるようになったのは、1990年代に入ってからのことではないか。
いつしか、映画会社は配給をメインとし、自社単独製作を行なわなくなっていった。
テレビ局や大手広告会社が中心となり、出資社を集めた『リスク分散・配当分配型(DVDなどの二次利用権も含む)』の製作委員会による共同製作が主流となっていく。
また昨今は、地方自治体などによるフィルムコミッションの設立が、映画製作を後押しするようにもなった。
そんな環境下、ロボットやアルタミラピクチャーズなど先鋭的な製作集団の活躍が目立つ。
洋画の配給収入を超えた2006年の邦画の製作本数は、821本にのぼるらしい。これは、1955年以降で最高とのこと。
観客動員数も、最近は1億6000万人前後で推移している。
栄華を誇った昭和30年代のように、スター俳優だけで集客できる時代ではない。
作品の質、構成、巧拙を見きわめる、賢い消費者の時代になって久しい。
目も、味も、感度も肥えた消費者の期待を、いい意味で裏切るような“日本映画”が1本でも多く登場することを望む。
敬称略

川原和博

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