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日活映画スターの赤木圭一郎が事故死した昭和36年は、こんな年だった

この年の1月、米国の大統領にジョン・F・ケネディが43歳の若さで就任。

2年後の1963年に彼はダラスで暗殺される。

2月には、日活の黄金時代のスター、赤木圭一郎がゴーカートで事故死。

21歳の若さであった。

4月、旧ソ連の有人宇宙船が地球1周に成功。

飛行士のガガーリンが言った「地球は青かった」は、あまりにも有名なコメントとして今も残る。

8月には、東ドイツの東西ベルリンの境界線に有刺鉄線が張られ東西が分断。

その後、ベルリンの壁が建設された。

台風シーズンの9月には、第二室戸台風の上陸で関西地区が大きな被害をうけた。

角界では、柏戸と大鵬が横綱同時昇進。

柏鵬時代と言われ人気を得た。

映画界では、芸術作品の製作、配給と映画製作にかかわる人材の育成を目的にATG(日本アート・シアター・ギルド)が発足。

そして大スターとなる加山雄三主演による若大将シリーズの映画がスタート、第一作は「大学の若大将」であった。

洋画では、「ウエスト・サイド物語」や「荒野の七人」が公開。

テレビ番組では、NHK朝ドラの第一作「娘と私」が放送開始。

朝ドラはその後、シリーズ化し人気番組を数多く生み今日に至る。

また、音楽バラエティ番組の草分け「夢であいましょう」がスタート。

構成に永六輔、音楽に中村八大らが担当。

同番組から、「上を向いて歩こう」、「遠くへ行きたい」、「おさななじみ」、「こんにちは赤ちゃん」などのヒット曲が生まれた。

この年の日本レコード大賞は、フランク永井「君恋し」が受賞。

ヒット曲としてはほかに、石原裕次郎と牧村旬子のデュオで「銀座の恋の物語」、坂本九「上を向いて歩こう」、植木等「スーダラ節」、渡辺マリ「東京ドドンパ娘」、越路吹雪「ラスト・ダンスは私に」、西田佐知子「コーヒー・ルンバ」、小林旭「北帰行」、多摩幸子とマヒナスターズ「北上夜曲」、アイ・ジョージ「硝子のジョニー」、松島アキラ「湖愁」、森山加代子「じんじろげ」、仲宗根美樹「川は流れる」、こまどり姉妹「ソーラン渡り鳥」、島倉千代子「恋しているんだもん」などが挙げられる。

テレビコマーシャルでは、レナウンの「ワンサカ娘」やサントリーの「トリスを飲んでハワイへ行こう」などが流行った。

10代の若者が六本木周辺の盛り場に集まって遊ぶ、いわゆる六本木族がブームになったのもこの頃である。

 昭和の青春ポップスはこちら

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