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2012年1月

「プレイバック」…昭和41年のヒット曲と出来事

6月29日、羽田空港からハッピ姿の男4人がタラップを降りた。
ザ・ビートルズの来日である。
武道館で3日間計5回のライブを行ない日本中の若者が熱狂した。
当時、武道の試合会場であった場所で初めて、しかも外国人のロックコンサートを開くというので物議をかもした。
しかし、この公演をキッカケに武道館はその後、日本のミュージシャンの聖地となる。
また、7月には日本でも人気の映画”007シリーズ”第5作「007は二度死ぬ」の日本ロケが始まった。
主演のショーン・コネリーの来日に日本中が湧き、丹波哲郎や浜美枝らも出演し話題となった。
洋画ではほかにフランス映画「男と女」が公開され、フランシス・レイ作曲の主題歌がヒットした。
テレビ番組では、NHK朝の連ドラ「おはなはん」(主演・樫山文枝)や朝日新聞の懸賞小説で入選した三浦綾子の小説「氷点」がNET(現・テレビ朝日)系で放映され、ともに40%を超える高視聴率を記録した。
「氷点」に出演した内藤洋子はこれをキッカケに人気女優となる。
さらに、5人兄妹の青春の葛藤を描いた社会派ドラマ「若者たち」(主演は田中邦衛、山本圭、佐藤オリエほか)がフジテレビ系で放映され反響を呼んだ。
主題歌をザ・ブロード・サイド・フォーが歌い大ヒット。
日本テレビ系では学園ものドラマが始まり、前年から始まった「青春とはなんだ」、続いて「これが青春だ」が放映され、中・高校生から熱い支持を得た。
ちなみに主題歌はデビュー時の布施明が歌っている。
また、渥美清や青島幸男が主演した1話完結の連続ドラマ「泣いてたまるか」がTBS系テレビで始まり、高度経済成長期の陰にひそむ哀愁の物語が共感を呼んだ。
多くの脚本家が台本を手がけ、その中のひとり、山田洋次が、渥美清との出会いで、のちの映画「男はつらいよ」につながっていく。
子供向け番組では、円谷英二による特撮SFドラマ「ウルトラQ」が1月に、次いで巨大ヒーロー「ウルトラマン」が7月にTBS系テレビで放映されウルトラマンシリーズが始まる。
アニメでは、イヤミの「シェー!」が大流行した「おそ松くん」(赤塚不二夫・作)や、「ハリスの旋風(かぜ)」(ちばてつや・作)、ライオンの仔レオが活躍する「ジャングル大帝」(手塚治虫・作)、「魔法使いサリー」(横山光輝・作)などが放映され、子供たちはテレビに夢中になる。
音楽業界では、この年の正月映画「エレキの若大将」(東宝)が大ブレイクし、主演の加山雄三が歌う「君といつまでも」「夜空の星」が空前の大ヒットとなる。
ベンチャーズやビートルズの影響を受け、加山雄三の人気も手伝いエレキサウンド旋風が巻き起こる。
この映画にはエレキの神様、寺内タケシも出演した。
エレキブームを反映し、前年デビューしたザ・スパイダーズ「フリフリ」に続きブルーコメッツが「青い瞳」でメジャーデビューし、ザ・サベージ、ザ・ワイルドワンズがデビュー、彼らのバンドはGS(グループサウンズ)と呼ばれるようになった。
フォーク界では、マイク真木の「バラが咲いた」が大ヒットし、一部のマニア向けであったフォークが大衆に広がったキッカケとなる。
また、荒木一郎が「空に星があるように」で歌手デビューを果たし、GS、フォークなどの新しい音楽ジャンルが定着し、日本のポップスの幕開けとなった年といえよう。
歌謡界では、橋幸夫の「霧氷」がレコード大賞を獲り、舟木一夫、西郷輝彦の御三家が活躍。
ほかに、布施明、三田明、園まり、水前寺清子、美川憲一、城卓矢、ザ・ピーナッツ、槇みちるなどがヒット曲を出す。
また、吉永小百合「勇気あるもの」やベンチャーズ作曲で、山内賢、和泉雅子のデュオによる「二人の銀座」が大ヒットした。
そして、山本リンダが「こまっちゃうナ」でデビュー、一躍アイドルとなる。
高度経済成長期の真っ只中、国民生活も豊かになり、自動車(カー)、クーラー、カラーテレビが3Cと呼ばれ、庶民の手の届く範囲となった。
昭和41年は、物質的にも文化的にも時代の変革期を迎え国民が皆、未来に向かって活力ある、躍動感ある、エネルギーにあふれた年ではなかっただろうか。
余談だが筆者の私はこの年、小学校5年生であった。

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今週のイチオシ!~冬物語 フォー・クローバース~

冬物語
フォー・クローバース

1972年のヒット曲冬物語」。

歌うのはフォー・クローバースという4人組。

実は「小さな日記」でお馴染みのフォー・セインツが改名したグループ。

作詞は阿久悠、作曲は坂田晃一

パイプオルガンを使った重厚なサウンドバッハのようなバロック調の影響を強く感じさせます。

テレビドラマ「冬物語」の主題歌にも使用され、今は亡き原田芳雄の熱演を思い出す方も多いのでは?

またメロディ・ラインは「さよならをするために」にも通じるまさに坂田メロディの真骨頂

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第5回 僕らのモバイル音楽大賞受賞~喜びの顔(^^♪パート1

年末に受賞曲を発表しました、第5回僕らのモバイル音楽大賞
今年も記念の盾と賞状を関係者の皆さんに渡しています。

今日は特別賞上を向いて歩こう/坂本」のEMIミュージック・ジャパンさんに行ってきました!

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左からスタッフの水島さん、沖さん、木内さん。

お忙しいところありがとうございました

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「プレイバック」…昭和39年のヒット曲と出来事

戦後日本の復興の象徴となるアジアで初めてのオリンピックが10月10日、東京で開催された。
オリンピックの開催にあわせるように、東海道新幹線(東京~新大阪)や東京モノレールが開通し、首都高速の拡張工事やホテルの建設ラッシュなど、首都圏はインフラ整備によって急速に近代化してゆく。
ちなみにミュージシャンの聖地となる日本武道館は、五輪の柔道会場として建設されたものだ。
また、海外旅行が誰でも自由に行けるようになったのもこの年からである。
若者の間ではアイビールックが流行り、銀座では"みゆき族"なるものが出現し社会現象となる。一方で、純愛・悲恋の実話本「愛と死をみつめて」がベストセラーとなり、テレビドラマや映画化とともにレコード化された。
同名の歌は、青山和子の歌唱でこの年の日本レコード大賞を受賞。
トピックとしては、坂本九の「上を向いて歩こう」が「スキヤキ」というタイトルで全米レコード協会のゴールデンディスクに認定される。
日本の歌で同協会に認定されたものは現在もこの曲が唯一無二だ。
この年のヒット曲は、坂本九の「明日があるさ」「幸せなら手をたたこう」のほかに、小林旭「恋の山手線」「自動車ショー歌」、井沢八郎「あゝ上野駅」、三田明「ごめんねチコちゃん」、橋幸夫「恋をするなら」、梶光夫「青春の城下町」、越路吹雪「サン・トワ・マミー」、和田弘とマヒナスターズ&松尾和子「お座敷小唄」、新川二郎「東京の灯よいつまでも」、岸洋子「夜明けの歌」、ペギー葉山「学生時代」、舟木一夫「花咲く乙女たち」、一節太郎「浪曲子守唄」など。
この年のデビュー歌手は、西郷輝彦「君だけを」、都はるみ「アンコ椿は恋の花」、水前寺清子「涙を抱いた渡り鳥」などが挙げられる。
洋楽では、ビートルズが「抱きしめたい」などで米国のヒットチャート上位の常連となり、日本でもビートルズ旋風がやって来る。
また、キングストン・トリオ「花はどこへ行った」、シルヴィ・バルタン「アイドルを探せ」、エルヴィス・プレスリー「ラスベガス万才」や、カトリーヌ・ドヌーヴ主演のミュージカル映画「シェルブールの雨傘」から同名主題歌が日本でもヒットした。
テレビ番組では、ワイドショーの草分け「木島則夫モーニング・ショー」(旧NET.現テレビ朝日)が始まり、NHKの朝の連続ドラマ「うず潮」(林芙美子原作)や人形活劇「ひょっこりひょうたん島」が人気番組となる。アメリカのドラマでは「逃亡者」(TBS系)が人気を得た。
そして、戦時下の東京を舞台にした映画「君の名は」に主演した二枚目俳優の佐田啓二が交通事故で亡くなったのはこの年の8月。享年37歳であった。

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舟木一夫の待ち受け画像をプレゼント

昭和39年6月、「高校三年生」でデビューした舟木一夫。
今年、50周年を迎え、1月早々に新曲「明日咲くつぼみに」をリリース。
これを記念して、「昭和の青春ポップス・フル」では、同曲を購入(ダウンロード)された方、全員に、もれなく「舟木一夫オリジナル待ち受け画像」をプレゼントします。
期間は、3月15まで。
ちなみに、この曲は、もともと1997年に、三波春夫さんが歌ったもの。
作詞は永六輔、作曲は久米大作。
50周年にふさわしい歌だと、舟木自ら、新曲に選んだらしい。

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1969年の洋楽を弘田三枝子がカバー

昨年、由紀さおりのアルバム「1969」が世界中でヒットし話題となった。
「夕月」など、同アルバムの収録曲もいいが、もう1つオススメのものがある。
弘田三枝子の洋楽カバー曲だ。
ジリオラ・チンクエッティの「雨」をはじめ、メリー・ポプキン「グッバイ」、ゼーガとエバンス「西暦2525年」、フィフス・ディメンション「輝く星座」など、どの曲のカバーもなかなかいい。
偶然にも、これらの楽曲は1969年に、日本でヒットした。
1969年といえば、大阪万博の前年である。

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「プレイバック」…昭和35年のヒット曲と出来事

ローマ・オリンピックのマラソンでエチオピアのアベベ・ビキラが金メダル、4年後の東京でも連覇をはたす。
これを象徴するかのように1960年は、カメルーンをはじめ多くのアフリカ各国が西欧諸国から独立をはたした。
6月には、日米安保条約をめぐり安保闘争がぼっ発。
全学連などの学生や一般市民がデモ活動に参加、機動隊と衝突し流血の惨事となる。
12月、池田内閣のもと国民所得倍増計画が打ち出され、日本は本格的な高度経済成長時代を迎えた。
この時期は岩戸景気といわれ、スキーや登山、海水浴とレジャーを楽しむ市民が急増した。
また、都営浅草線の押上~浅草橋間が開通し、私鉄(京成電鉄)と地下鉄が初めて相互乗り入れを開始した。
そして、一部のテレビ番組ではカラー放送を始めたが、カラーテレビはまだ庶民には手の届かない高価なモノであった。
他には、国産初のインスタントコーヒーが発売され、国民的タバコとなるハイライトが発売された。
若者や子供たちの間では、ビニール製の人形、だっこちゃんが大ブームとなる。
映画では、アラン・ドロン主演の「太陽がいっぱい」やチャールトン・ヘストン主演の「ベン・ハー」、ジャン・ポール・ベルモントとジーン・セバーグ共演の「勝手にしやがれ」、ジョン・ウェイン主演の「アラモ」などが公開された。
テレビ番組では、少女時代の和泉雅子が出演した「少年ジェット」が人気を博す。
幼児向け人形劇の番組「ブーフーウー」(NHK)やアメリカからの輸入番組「ララミー牧場」(NET、現テレビ朝日)が放映開始。
音楽では、西田佐知子「アカシアの雨がやむとき」、森山加代子「月影のナポリ」、坂本九「ステキなタイミング」、「ビキニスタイルのお嬢さん」、平尾昌晃「ミヨちゃん」、赤木圭一郎「霧笛が俺を呼んでいる」、藤島桓夫「月の法善寺横丁」などがヒットする。
日本レコード大賞には、松尾和子とマヒナスターズが共演した「誰よりも君を愛す」が受賞。
そして、橋幸夫が「潮来笠」で新人賞を獲得した。

ちなみに、この年の大卒初任給は13,000円、映画入場料は200円であった。

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舟木一夫ファンの人たちとロケ地めぐりの旅に…

1月15日から16日、女優の西尾三枝子さんや、舟木一夫ファンの人たちと一緒に、新幹線で愛知県へ向かいました。
主な目的は、名古屋・中日劇場で、新年を迎えた舟木一夫シアターコンサートを観ること、映画「高校三年生」、「花咲く乙女たち」のロケ地めぐりをすること、そして、ファンが中心となり開催している舟木一夫展示会(一宮・木曽川資料館)を観ることでした。
資料館では、若い頃の舟木さんの写真や、デビュー時からの懐かしいレコードジャケットをはじめ、実に多くの関連資料・グッズなどが展示されていました。
50年近く前の映画ロケ地は、地元ファンの人たちが数年前に、熱心に探し回って見つけたものです。
このことは、YouTubeなどで以前から知ってはいましたが、実際に現地を観て感激しました。
地元ボランティアで案内役をしてくれた人は、「ロケ地を町おこしのキッカケにつなげたい」と語っていました。
「花咲く乙女たち」は、同行した西尾三枝子さんがマドンナ役で、舟木さんや山内賢さんと共演した映画。ご本人は感慨深いものがあったかと思われます。
コンサートの後は、全国から集まったファンの人たちと、夕げの交流会。
舟木さんにまつわる様々な雑談をして、改めて、熱いファンがたくさんいることを知らされました。
勿論、私も舟木さんの歌が大好きです。
最後に、今回のツアーの幹事を務めていただいた舟木ファンの皆様に、この場をかりて御礼申し上げます。
またの出会いを楽しみにしています。有り難うございました。川原

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愛のメモリー・創作秘話

毎月、作家の方々が作られた大切な歌の中から、あえてこだわりの1曲を選んでもらい、その歌がどのような思いで作られたのかを語っていただく「この歌への思い」。

今回の1曲は松崎しげる「愛のメモリー」。
作詞家・たかたかしさんに創作秘話を語っていただきました。
藤原鎌足の歌が鍵のようです!

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