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「プレイバック」…昭和35年のヒット曲と出来事

ローマ・オリンピックのマラソンでエチオピアのアベベ・ビキラが金メダル、4年後の東京でも連覇をはたす。
これを象徴するかのように1960年は、カメルーンをはじめ多くのアフリカ各国が西欧諸国から独立をはたした。
6月には、日米安保条約をめぐり安保闘争がぼっ発。
全学連などの学生や一般市民がデモ活動に参加、機動隊と衝突し流血の惨事となる。
12月、池田内閣のもと国民所得倍増計画が打ち出され、日本は本格的な高度経済成長時代を迎えた。
この時期は岩戸景気といわれ、スキーや登山、海水浴とレジャーを楽しむ市民が急増した。
また、都営浅草線の押上~浅草橋間が開通し、私鉄(京成電鉄)と地下鉄が初めて相互乗り入れを開始した。
そして、一部のテレビ番組ではカラー放送を始めたが、カラーテレビはまだ庶民には手の届かない高価なモノであった。
他には、国産初のインスタントコーヒーが発売され、国民的タバコとなるハイライトが発売された。
若者や子供たちの間では、ビニール製の人形、だっこちゃんが大ブームとなる。
映画では、アラン・ドロン主演の「太陽がいっぱい」やチャールトン・ヘストン主演の「ベン・ハー」、ジャン・ポール・ベルモントとジーン・セバーグ共演の「勝手にしやがれ」、ジョン・ウェイン主演の「アラモ」などが公開された。
テレビ番組では、少女時代の和泉雅子が出演した「少年ジェット」が人気を博す。
幼児向け人形劇の番組「ブーフーウー」(NHK)やアメリカからの輸入番組「ララミー牧場」(NET、現テレビ朝日)が放映開始。
音楽では、西田佐知子「アカシアの雨がやむとき」、森山加代子「月影のナポリ」、坂本九「ステキなタイミング」、「ビキニスタイルのお嬢さん」、平尾昌晃「ミヨちゃん」、赤木圭一郎「霧笛が俺を呼んでいる」、藤島桓夫「月の法善寺横丁」などがヒットする。
日本レコード大賞には、松尾和子とマヒナスターズが共演した「誰よりも君を愛す」が受賞。
そして、橋幸夫が「潮来笠」で新人賞を獲得した。

ちなみに、この年の大卒初任給は13,000円、映画入場料は200円であった。

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