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2011年9月

舟木一夫さんの出演映画のロケ地・愛知県と岐阜県

舟木一夫さんは来年、デビュー50周年を迎える。
「高校三年生」でデビューしたのは、昭和38年。
当時は、スター歌手になると映画出演の依頼があり、舟木さんは実に多くの映画に出演した。
また、ヒット曲をモチーフにした歌謡映画がたくさん作られた時代。
「高校三年生」も大映で映画化された。
ところで、舟木さんは、愛知県出身。
地元ファンの人が、YouTubeに、面白い企画作品を発表している。
映画「高校三年生」(大映)と「花咲く乙女たち」(日活)のロケ地を探して公開している。
この2本は、愛知県と岐阜県でロケが行われた。
撮影からは、半世紀近くが経っているが、当時の建物や面影が残っている場所も、まだまだある。
過去と現在を比較でき、実に楽しい。
舟木ファンならずとも、これらの映画を観た人には必見。
また、来年早々、地元ファンの人たちが中心となって、一宮市で、2回目の舟木一夫展を開催するとのこと。
1回目は、2010年春に、木曽川資料館で開催された。
舟木ファンにとっては、またまた楽しみであろう。
ちなみに、舟木さん主演の映画は、日活が圧倒的に多い。
「花咲く乙女たち」には、先日亡くなった、山内賢さんも出演している。

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山内賢さんの追悼映画に…

和泉雅子さんのトークと、舟木一夫さんの映画を観に、25日の日曜日、銀座シネパトスへ行った。
映画は「友を送る歌」と「高原のお嬢さん」の2本。
実は、その映画館に着いて、初めて、山内賢さんが亡くなったことを我々は知った。
山内さんは、この2本の映画とも、舟木さんと共演している。
肺がんで8年前から入退院を繰り返し、闘病生活を送っていた。
まさに、追悼映画となってしまった。
雅子さんも、これらの映画に舟木さんと共演しているため、トークイベントで劇場に来た。
「舟木さんと賢ちゃんは本当に仲がよかった。私達にも、面倒見がよく優しい人だった」と、雅子さんは、あえて明るい口調で賢さんのことを述懐していた。
私は、スタッフ仲間と、女優の西尾三枝子さんたちと一緒に来ていた。
西尾さんは、映画「高原のお嬢さん」に出演している。
勿論、雅子さんや山内さんとも仲よしだった。
西尾さんの目には、うっすらと涙がこぼれていた。
まさか、前日に、山内さんが逝去されるとは…何かの因縁を感じた一日だった。
雅子さんは、トークが終わると、通夜に向かった。
西尾さんは、翌日の告別式に参列。そして、弔辞は、雅子さんが務めたとのこと。
心よりご冥福をお祈りいたします。

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「コクリコ坂から」を観て

遅まきながら、スタジオジブリ作品「コクリコ坂から」を観た。
原作は少女マンガ「なかよし」の同名連載とのこと。
映画での設定は、1963年5月から6月頃。舞台は横浜。
東京オリンピックを翌年に控え、日本中が活気に溢れていた時代。
茶の間のテレビの画面では、九ちゃんが「上を向いて歩こう」を歌い、「次は、舟木一夫が出るんだ」と、主人公(海)の妹が言う。
(舟木さんのデビューが6月で、映画の設定とは若干違うが)細かいことは別にして、昔の日活青春映画のような、さわやかな匂いがした作品だった。
ストーリーは単純だが、55歳以上のシニアには、郷愁を誘う映画であろう。
笑ったのは、主人公の通う学園の理事長のモデルが、徳間書店の創業者で、ジブリのオーナーだった徳間康快さん。
実際に、徳間さんは、逗子の学園の理事長を務めた時期があった。
徳間書店がある、当時の東京・新橋の街並みもでてくる。
ジブリの宮崎駿さんと鈴木さんの遊び心(たぶん)が随所に垣間見れた。
ちなみに、監督は、宮崎さんの息子の吾朗さん。
映画のテーマ曲「さよならの夏」は、もともとは、森山良子さんのオリジナル。
私は、森山さんのボーカルの方が好きだ。

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公衆電話の存在

日本で電話サービスが始まったのは1890年。
公衆電話は、それから10年後の1900年9月11日に開始。
最初の設置場所は、東京・上野駅と新橋駅。
開設時の通話料金は、市内5分あたり15銭だった。
戦後、公衆電話は全国至るところに設置され、定着していった。
1982年には、テレホンカードが登場、公衆電話の設置台数は93万台を超え、ピークを迎える。
しかし、1990年代後半に入ると、ケータイ電話が爆発的に普及し、公衆電話の台数は急減した。
しかし、今年は、災害非常時に回線がつながりやすい、公衆電話の存在を改めて知らされた。

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「三丁目の夕日」第3作は来年1月公開予定

昭和をモチーフにしたヒットシリーズ映画「ALWAYS三丁目の夕日」の第3作が、来年1月21日から東宝系で公開される予定。
今回は、東京オリンピックが開催された、1964年(昭和39年)が時代設定とのこと。
東海道新幹線も開通し、高度経済成長期の真っ只中、日本の目覚ましい発展を海外に示した、誇らしい時代であった。
さて、今回は、どんなストーリーと結末か…今からが楽しみだ。
ちなみに、現在上映中の「コクリコ坂から」は、昭和38年が時代設定である。
この頃の歌謡界では、橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦や三田明らが大人気スターだった。

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脅威の台風12号

先週末、日本列島に停滞した台風12号の影響で、全国で死者、行方不明者あわせて100名以上の犠牲者がでた。
心より、お悔やみ申し上げます。
とくに、和歌山県、奈良県、三重県の紀伊半島が、記録的な豪雨による川の氾濫や、土砂崩れにより甚大な被害に。
秘境といわれた奈良県十津川村では、土砂崩れで主要道路が遮断され、孤立状態の地域がいくつもあると聞く。
映像でみる限り、家屋の崩壊は、東北の津波被害と変わらない悲惨な状況。
一日も早い復旧、復興を祈ります。
それにしても、今年は、自然災害の脅威をいやというほど知らさられた。
人類と自然との共生は、永遠の課題なのだろう。

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公募ガイド創刊から26年が経って…

「公募ガイド」という雑誌を作って、今月で丸26年になる。
創刊号は、昭和60年9月に発行した。
当初、流通にのせるルートやコネもなく、創刊号は、全国の主要書店と直接交渉をした。
訪問や電話でコンセプトや主旨を説明し、賛同してくれた280書店ほどが、創刊号を取り扱ってくれた。本当にありがたかった。
2号目からも、まだ日販やトーハンなど、書店流通の取次会社とは取引ができず、取引代行会社経由で書店販売をした。
取次再交渉は1年位経って、機会をみて再活動。
3〜4か月ほど毎日のように、日販とトーハンに通い、ようやく取引ができた。
創刊から2年が経った頃だった。
当時、私は、若かったせいもあり、熱意と渋とさでは、誰にも負ける気がしなかった。
むろん、当時の取次の人、とくにトーハンのKさんには大変お世話になりました。
それから数年して、今度は、大手コンビニとの交渉。
コンビニにも取次会社にも何度も訪問し、やっとの思いで取引が実現できた。
この時は、トーハンのNさんに、大変お世話になりました。
何でもそうだけど、一つの商品、一つの事業を実現化させ、成功させるには、並々ならぬエネルギーや情熱と、他人のチカラ、人脈が必要です。
人間独りでは、何もできません。
人の輪が大切で、人の恩を忘れてはいけない。
今でもずっとそう思っています。K

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