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昭和35年から40年頃の夏休み

小学生時代の大半を、小平市花小金井という場所で過ごした。
練馬から転居した昭和35年頃は、あたり一面、野原と畑、そして雑木林だった。
近所には、数軒の家しかなかった。
それが、6年位の間に、アパートや分譲住宅が矢継ぎ早に建ち、野原や雑木林は少なくなった。
転居間もない頃は、パン(動物の形をした動物パンなど)や氷は、車で売りに来た。
氷を買い、冷蔵庫に入れていた。
富山の薬売りや、野菜や干物などを売る行商人も来た。ついでに、押し売りも来た。
駄菓子屋は近所にはなく、少し歩いたところに数軒あった。夏には花火も売っていた。
やがて近所に、パン屋ができ、アイスクリームやパンはそこで買うようになる。
夏の夜は、花火もやった。
しかし、毎夜のようにやったのは、懐中電灯をもち、雑木林で、かぶと虫やクワガタを捕まえること。
蜜のある木の幹に虫は集まる。集まる木は、すべて熟知していた。だから、たくさん捕った。
昼は、アゲハ蝶の幼虫を身体中にまとわりつけ、家に持ち帰り、カゴに入れ、サナギから成虫にかえした。
幼虫には角があり、これがやたらと臭い。山椒や人参など匂いのある葉にたかっているからだ。
野原では、バッタやカマキリ、キリギリスを捕った。
小川では、ザリガニを捕まえた。
晩夏には、くつわ虫もよく捕った。
広場では草野球もよくやった。とにかく、林や野原を走り回っていた。
当時は、東京の小平でも、そんな夏休みを過ごせた。

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